第5話


「途中……何かから逃げるような、戦っているような、そんな声も上げていたが……こんなに眠り続けなければならないほど、お前は追い込まれていたのだな」

 固く絞った手拭いを綺麗に畳むと、男は琴羽の額に乗せた。
 冷気が全身に流れ込む。
 熱で火照り続ける体に心地良い疲れと睡魔を誘うものだった。

「……今はとにかく眠ってくれ。元気になるのも、次を考えるのも、その後でいいのだから」

 男は桶を持って立ち上がる。

 おれは裏庭の畑にいる、何かあったら床を叩くなり物を投げるなりして教えてくれ。
 そんな風に笑って言う男の声と共に、琴羽の意識は再び落ちていった。

***

 男の名は篠宮為昌なりまさといった。
 昔は武士として幾度も戦へ出向いたが、徳川の治世になり武力も不要となった今は浪人の身だという。

「浪人というのも名ばかりだな。こんな小さな掘っ立て小屋で、自分の食い扶持のみの畑でやもめ暮らしだ」

 一汁一菜の膳を前にして為昌は笑う。
 一汁とは言え殆ど煮え湯と変わらず、一菜は漬かりの甘い茄子である。

「玄米を食い終わってしまったところでな。暫くはあわか蕎麦米か」

 済まないなと笑う為昌に、琴羽は首を横に振る。

 粗末な食事に違いはない。
 けれど、琴羽はそれを口にしてみたかった。

「……温かい」

 一口流し込み、琴羽が呟く。

 茄子を咀嚼していた為昌が急いで飲み込み、熱かったかと訊いた。
 琴羽はまたも首を横に振り、ふ、と儚げに微笑んで繰り返す。

「温かいんだ……」

 琴羽の言葉に為昌は言及せず、そうか、と満足気に笑い返した。

***

 それから琴羽は為昌の元で療養を続けた。
 その間逃げようとも死のうとも、あまり考えずに済んだ。

 為昌は不思議な男だった。
 本当に訳を訊いたりしてこない。
 こちらを手籠めにするような真似もしない。
 一組しかない為昌の布団を琴羽が使っているため、為昌は離れた板の間にそのまま横になって寝ていた。

 幸いにも季節は夏を迎えたばかりだった。

「何を作っているんだ?」
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