第3話


 篠宮家にも残されていない、憂巫女に関する古い時代の書物だ。

 最鬼の一件以来、連絡は取り続けていた。
 暫くは腹の探り合いのような、表面上の当たり障りのないやり取りだった。

 本題を切り出したのは菱人の方だ。
 白沢はくたくが残した道教の本についてそれとなく話題に挙げてみたところ、隼人は特に訝しがる素振りもなく、当然存在することとして話を続けて来た。

 相手方の振る舞いが菱人には未だ掴めずにいた。

 今日だって試しに言ってみただけだった。
 本当に見せてもらえるならそれに越したことはない。

 幸い事実かどうかを調べる手段ならこちらにもある、と菱人は警戒心は解かずに隼人の話を聞いていた。

「憂巫女とは言え、初めから鬼と関係していたわけではありません。鬼自体が認識され出した時期よりも、憂巫女の方が先だと俺は考えてましてね」
「……」

 この国の人間が「鬼」という概念を形成し始める以前から、「異界の存在」という認識は在った。
 憂巫女はその異界の存在に対する供物であり、時代を下る中で相手が「鬼」に固定されるようになったのだ。

 隼人はそう、自説を述べた。
 説明したとも呼べないような軽い口振りだった。

 菱人はそんな隼人の自説自体には特別反論はなかった。
 菱人も似たようなことを考えていたからだ。

 しかし。

「憂巫女の表記があるとは言え、それが記された当時……奈良時代末頃かな、その時点で既に伝聞調ですので、詳しくはうちも分からないままですけれど」

 なのでそれ、お預けしますよ。

 隼人がにこりと、本当に作ったような完璧な笑みを見せながら、菱人にそう告げた。
 コピーとは言え貴重な“当時”の情報だ。
 宜しいのですかと菱人は恐る恐る、慎重な声色で確認を取る。

 隼人はしかしそんな菱人とは本当に真逆の軽さで、ええ、と頷いた。

「瀧崎にとって憂巫女はさほど重要ではありません。お望みなら原物でも構いませんよ」
「いえ……流石にそこまでは」

 取り引きという取り引きは、今回が初めてだ。
 まだ腹の探り合いの段階のつもりでいる菱人にとってこれは完全なる奇襲だった。

 どこまでこの言葉を信用していいのか。
 どこまでならこちらの要望を伝えてもいいのだろうか。
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