第3話


 稲荷神がずいと華倉に顔を近付けながらそう訊ねる。
 えーと、と返しに困っている華倉の隣で、小さい反応ながら驚いているのは魅耶である。

「……本当に“分かる”んですね?」

 そういうの、と魅耶が稲荷神に問う。
 稲荷神は華倉から離れながら「分かるぞ」と頷いた。

『昨日本人にも言ったが……憂巫女はとかくその“力”の質が異なる。他の人間や妖怪、神に仕える存在とも違うから、嫌でも気付くとも言えるが』

 そう言いながら稲荷神は魅耶を見詰めていた。
 それから顔を近付け、やや首を傾げてから「ああ、」と何か納得したような声を出した。

『お前か。憂巫女から感じられる妖力の元は』

 稲荷神はふーんとだけ呟くと、すぐに話を「鬼の怨嗟」へと戻す。

『昨日今日はお前が来てくれたお陰で、俺の精神状態も一時的だが持ち直したが……お前、ここに常駐するわけではないだろう? 俺の精神状態はそのまま眷属こいつらの行動量に影響するんだ。出来ることなら安定させたい』

 稲荷神が話題に出すや、どこからともなく眷属の狐たちがふわりと舞うように姿を見せた。
 朝出会ったものを含めて3体の眷属がいるようだった。

 そう言えば毎夜の鬼の怨嗟に眷属たちが怯えて仕事にならないという話だった。
 小さな社とは言え、ここの稲荷にも任された仕事があるのだ。

「手出し出来るのなら何とかしたいのはうちとしても同じですが、今ここでは何とも」
『え〜? そうか? 何か厄介なのか?』
「ええまぁ……多分」

 分かっていることは何もないが、華倉はそう答えていた。
 恐らく「厄介」な背景が存在していることだけはもはや疑いようがないだけで。

 そっかぁ、とやはり残念そうに肩を落とす稲荷神だが、暫くは頻繁に来るのでと華倉が告げると、それには素直に感謝した。

『ここは宮司も氏子もなく、今は近所の数人が善意で世話をしてくれている。そいつらとも会ってやってくれ』

 助かっている、と稲荷神はしみじみ呟く。
 華倉は稲荷神から幾つか頼み事を聞くと、まずはそれらを片付けるよう予定を決めていった。

 稲荷社を離れた頃には結局昼近くになっていた。
 もう陽がこんなに高い、と目を細めながら歩く華倉の隣で、魅耶は暫く黙っていた。
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