第2話
どうぞと渡されたその寺マルシェのチラシを受け取り、華倉は笑顔で礼を述べた。
結局山門を潜ることはなかった。
文字通り一歩も、その敷居を跨ぐことが出来なかったのだ。
華倉は眉を顰めつつ来た道を戻り、稲荷神に正直に話した。
確かに寺はあった、何やら怪しい石碑もあった。
けれど今この状態では俺は近付けない、と。
そんな華倉からの報告に、稲荷神は顎を撫でるように添えた手を動かし、そうか、とこちらも怪訝そうな顔付きになった。
これは俺の推測だが、と稲荷神は続ける。
『あそこにいるのは恐らく、低級の鬼たちだと思うんだ』
***
「魅耶、明日時間ある?」
その日の夜、2人で台所に立って夕飯の支度をしていた。
鍋の火加減を気にしながら、使ったボウルなどを洗っている魅耶に華倉はそう訊いた。
魅耶は一旦手を止め、大丈夫ですよと答える。
魅耶の明日の予定は本人次第でどうにでもなる。
でも華倉さんは、と魅耶が華倉の予定を思い出しながら続けようとしたのだが、それより先に華倉が言葉を発する。
「菱兄ィには時間変えてもらった。ちょっと、先に一緒に行って欲しい場所が出来たから」
明日は篠宮本家に出向く予定だった。
菱人も多忙を極める故、一度決めた日時を変更することのないように華倉も普段から気を遣っていた。
しかしそれを差し置いてでも優先させたいと、華倉はそう言うのだ。
魅耶は洗剤を流す前に話を聞こうとスポンジも置いて華倉を見る。
「……そんなに危ない神社だったんですか?」
華倉が受け持つ神社が増えるだろう話は魅耶も知っている。
だから魅耶からはそう訊かれたのだ。
華倉は鍋の火を止め、最初から端的に説明していった。
小さな稲荷社だったこと、そこの神様本体と話をしたこと。
その稲荷神から「毎夜鬼たちの怨嗟が聞こえてくる」寺が近くにあると聞かされたこと。
さすがに「鬼」の単語が華倉の口から出ると、魅耶の表情も険しくなる。
華倉は魅耶を見て、ここまではいいかなという意味を込めた頷きを1つ見せる。
「実際何があるのかそのまま見てくるつもりだったんだけど、どうしても入れなかった。境内にすら。あのまま……何の装備もなく入ったら、確実に“呑まれる”と思って」