やり直しの一歩目


 それにより、舜さんは名前もまた変わる。
 それにも早く慣れろよ、と舜さんからの要求にも、笑顔で返事をしてしまう。

 舜さんの秘書として一緒に居られる。
 それだけのこと、言ってしまえば今とさほど変わらない状態なのに何故かとても楽しみだった。

「……お前に関してだが」

 一拍置いて、舜さんはやや声のトーンを落とした様子で話を続ける。
 まず今の俺が、書面の上でどうなっているか。

 戸籍の上では俺――宮口真幸(まさき)は死んだことになっているらしい。
 いつの間に、と驚きつつも、あまり興味は湧かなかった。
 もうそんな人間は居ても居なくても同じだったから。

 今の俺には、陸という名前と役割があるから。

「でもお前の新しい戸籍はまだ作らない。暫くは一般人になる必要もないから」

 今後俺が付き合うのは、恐らく事情を知る限られた相手が大半だ。
 ならば急ぐことはなく、俺が戦力になった頃に別人として生き直せばいい。
 暢洋さんがそう話していたそうだ。

「そう言えば……暢洋さんはもう行っちゃったんですか?」

 食器類はほぼ片付けて、空になった棚を確認してから訊いた。
 舜さんは頷いて、今朝一番の便で、と教えてくれた。

 今回の仕事は長引くと言ってた。
 たまには帰ってくるけれど、それでも。

『僕もいつ死んでも可笑しくないからねぇ』

 そんな物騒なことを言う暢洋さんは、全然怖がってもいなくて。
 そりゃ命を狙われることに怯えてたら、こんな違法な人助けなんてしてられない。

 ますますあの人が不思議な存在になってくる。
 どうしてそんな手段で、見知らぬ子供たちを“助け”ているんだろう。

「あの人は、別に慈善事業をしているわけじゃない。ビジネスで人助けをしてる」

 暫く沈黙が続いて、荷物を片付ける物音だけだった事務所に、ふと舜さんの声が広がる。

 ビジネス。
 明確な名称はないけれど、暢洋さんのしていることは確かに「仕事」で、あの人はそれで生計を立てている。
 とんでもねぇ人生だな、と改めて感心する俺のことは気に留めず、舜さんの話は独り言のように続く。

「基本的には助けを求められれば動いてくれる。こちらの要望を聞いて、どんな手を使ってでも、最大限希望通りにしてくれる」

 そうやって何人もの子供たちが救われてきた。
 表沙汰には出来ない、けれど救われたい子供たちが。

 俺は舜さんの顔を見ようと顔を上げた。
 俺から見える舜さんは横顔だったけど、今までなかったくらいには穏やかな顔付きをしていた。
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