帰結


***


「優しいんだなお前は」

 暢洋さんが帰り、湯呑みを洗う俺に話し掛けるように舜さんが口を開く。
 舜さんは暢洋さんが置いていった資料や仕事の書類に目を通している。

 優しいとは何のことかと何ともなく訊き返す俺に、舜さんは続ける。

「殺さないんだな、こんな仕打ちをした奴を」

 一度手を止める。

 覗くように舜さんの座るソファーを見ると、舜さんは特にこちらを向くようなことはしてなくて、手元と目を動かすのみだった。

 殺すとか、優しいわけじゃなくて。
 ただもう徹底的にあの人に関することを考えたくないだけなんだよなぁ。
 憎しみとか恨みとか山程あるのは間違いないけど、これで折角繋がりがなくなるんだから、もう割いてやるリソースなんかあるわけない。

 そんなことを手短にまとめて、興味ないだけですよと俺は言ったんだけど、それに対してなのか舜さんは少し間を置いて、俺は、と切り出す。

「俺は殺した。所謂近親者というものは1人残らず、全部」

 手を拭きながら戻って来ていた俺は足を止める。
 舜さんの瞳が横から見ても凄まじい色をしているのが分かった。

 到底俺なんかでは理解も出来ず、受け止め切れないであろうほどの強い“負”がそこには在った。

 舜さんが口にしたのはそれだけだった。
 やっぱり俺の方を見ることはなくて、資料を読み進めてはたまに赤ペンで何かを書き込む。

 舜さんのその冷淡さに今はもう怖さは感じない。
 近寄りにくさは残るけれど、俺はそんなところも好きになっていた。

 嬉しかった。
 地獄を地獄で片付けたこの人の傍にいることを許されたことが。


2024.6.26
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