衝突
程無くして現れた鳳凰に、華倉は簡潔に状況を説明した。
鳳凰もその表情に僅かながらも驚きを浮かべている。
そんな表情のまま紀久に目をやり、鳳凰はまず紀久の身を案じた。
「最鬼が此処に入り込めたとは」
ときと灯吉は、最鬼に喰われてしまった。
それを目の前で目撃してしまった紀久の衝撃は図りきれなかった。
「……疑似空間が裏目に出たのかも知れん」
「鳳凰……」
神妙な面持ちで思考し、そう小さく洩らした鳳凰の呟きに、華倉が反応を示した。
どこまでもこちらの予測を上回る行動を取ってくる。
確かにまだ脅威であることに変わりはない、だがそれと同じくらい憎たらしく思えて来た。
そんなことを一人、鳳凰は胸の中でぼやいていた。
「とにかく行ってくるから……此処で留守番お願い」
紀久と視線を同じ高さにするようしゃがんでいた鳳凰の顔をしっかり見るように、華倉も鳳凰の目の前でしゃがむ。
華倉からの頼みに、ああ、と鳳凰は頷いた。
よし、と自分に気合いを入れるかのように強く頷き、華倉は立ち上がった。
その右手にはしっかりと「鍾海」を携えている。
今にも出て行こうとしていた華倉の背中を、鳳凰は黙って見詰めていた。
本当はこのまま送り出そうと、直前までそう考えていた。
しかし、意を決して、鳳凰は華倉を呼び止めた。
鳳凰からの呼び掛けに、華倉はやや軽いトーンで、何、と応える。
自分の傍まで戻ってきた華倉に、鳳凰は懐から例の小瓶を取り出して、差し出す。
これを、とだけ言われても、華倉には理解が及ばなかった。
これは何かと問う華倉に、鳳凰は言葉を選んで返した。
「……どうしようもなくなったら、これを最鬼の
それだけ。
これは何なのか、ではなく、最悪の結末を示唆されるような発言が返ってきたことに、華倉は動揺する。
縁起でもねぇわ、と視線で鳳凰に訴える。
けれど、一刻の猶予も待ってくれない事態であることは確かだ。
仕方なく華倉は「分かった」と雑に頷き、小瓶も持っていくことにした。
庭へ降りる華倉の背中が暗闇に消えて行く。
その後を追うように、廊下で待機していた真鬼の姿も確認出来た。
真鬼は姿を消すその直前に、一瞬だけ、鳳凰へ物言いたげな視線を寄越していた。