襲来
今日の菱人はいつにも増して具合が悪そうだった。
真鬼は朝からそう感じていたが、口を挟まずにいた。
菱人の手が止まる回数は多かったものの、何とか仕事はこなしていたためだ。
しかし夕方。
とうとうデスクに突っ伏した菱人に気付き、真鬼はようやく声を掛ける。
「今日はもう休め。後のことはやっておくから」
菱人の肩を揺らしながら真鬼はそう伝えた。
菱人からの反応は見られたが、返事の声は微かなものだった。
んん、という声は返事と呼ぶよりは溜め息のようにも聞こえた。
暫くして、菱人が立ち上がる。
頭を抱えたまま、お疲れ、とやっと聞き取れるくらいの挨拶をしながらドアへ向かう。
いつ倒れるかと心配になりながら、菱人が部屋を出るまで見送り、真鬼は溜め息を吐く。
それから菱人がやり残したデスクの上の仕事を確認する。
今日の分はあと4つと把握し、菱人のデスクに腰を落ち着け、仕事を片し始めた。
***
久し振りの残業は、なかなかの疲労感を生じさせた。
いつもよりも混雑している帰りの電車に揺られながら、裕は「すげー」と呟いていた。
2時間遅くなるとこんなに違うのか、といつもより遠くに感じられる乗降ドアを見ながらしみじみ思う。
次の駅で降りたいため、どういうルートでこの人混みを抜けようかと考えていた。
幸いにも同じ駅で降りる乗客は多かった。
その流れに乗り、裕も滞りなく下車出来た。
改札に差し掛かったとき、スマホにメッセージが入っていたことに気付いた。
浅海からであった。
改札を出て、大勢の帰宅者の波に紛れて歩く。
『済まんがスーパーでサラダ油とマヨネーズ頼む』と書かれていた。
そういや昨日油切れそうだったわ、と裕もそのことを思い出す。
返事を打ちながらゆっくり歩いていたが、ふと、周囲のざわつく声が耳に入ってきた。
何あれ、何かの撮影なのかな、とかいう、好奇な声色。
何気なく裕も顔を上げると、見えたのは、異様な人影。