選択
予定の時間よりも早く着いてしまった。
裕は駐車場に車を停めると、降りることなく李依にメールを送った。
一番奥になったけど、駐車場にいるから、という文面を送信したとほぼ同時だった。
小さな音で、窓ガラスをノックされた。
裕が顔を上げて音のした方を確認すると、こちらを窺うように視線を向ける菱人の姿があった。
「あ……と、篠宮さん」
裕はそう反応しながら、まず窓を開けた。
ちょうど見掛けたもので、と菱人は簡単にまず謝罪を入れた。
それから、少し話をする時間をもらっても良いか、訊いてきた。
どうやら菱人の長男も、裕の娘である李依と同じ塾に通っているらしい。
恐らく出て来るのは同時刻くらいになるだろう、とのことで、裕は頷いた。
裕は菱人を助手席に座らせた。
「……ここ数週間ほど続いている、家畜襲撃事件は知ってるか?」
やや躊躇いがちではあったが、菱人は単刀直入に切り出す。
裕は小さく頷いて、鬼ですよね、と答えた。
分かるのか、と驚く菱人に対し、裕は再度頷いて見せる。
「これは俺の感覚での話なので、あんま理解されないかと思いますけど……最鬼が好んでたやり方だなぁって」
誰にも言わなかったけど、と裕は零した。
しかしすぐさま声のトーンを上げて、でもどうして、と続ける。
「最鬼は精神と肉体が分離してるんでしょう? なのにどうしてあんな事件が……」
「……そのことについて、坂下さんに確認を取りたいことがあってな」
今日はその話をしに来た、と菱人はまずそう告げた。
え、と裕はその菱人の話し方に、やや警戒した。
勿論到底「いい話」が出て来るとは思えなかったためだった。
けれど、片方の足は突っ込んでしまっている裕は、もう断ることは考えられなかった。
何ですか、と恐る恐る、自分でも驚くほど慎重になって、菱人に訊ねる。
菱人はまず、現在の最鬼の状態を説明する。
予想よりも早く呼応が進んでいること、肉体のみで動けるまでに力を蓄えてしまっていること、そして再び融合し暴れ回るための体力補給のため、夜な夜な家畜を喰らっていること。
最近の家畜襲撃ニュースはほぼ最鬼の犯行によるものだ、と菱人は告げた。
これは調べが付いているので間違いないだろう、と菱人の話に、裕は頷くしか出来なかった。