君を頼りにしてるのは、お互い様だから。


 戒人(かいと)さんは考え事が深くなると、自分の調子を戻すために料理を始める。
 今日もそんな感じなのだけど、もうかれこれ2時間はずっとキッチンに立ってるんだよな。

 今回は何種類くらい料理が出来てしまったんだろうか。
 そろそろうちにある皿を使い切ってしまいそうだ。

 俺はダイニングテーブルで頬杖を付きながら、黙って戒人さんの背中を見詰めていた。
 戒人さんと同じように、2時間、じっと黙ったまま。

 確かに今回の戒人さん、昨日うちに来た時から様子が可笑しかった。
 何かずっと沈んでいるし、何を話し掛けても返事は上の空。

 俺はこういう戒人さん、何度か見てきたからもう慌てはしないけど、実際のところ、まだどう接していいのか分かっていない。

 俺がそんな風に迷って、対処を考えている間に、戒人さんは今日みたいにキッチンに立って、何種類かの料理をしているうちに、いつもの笑顔に戻っていた。
 俺はそれで安堵してしまって、未だに対処法を得られていないまま。

 だから今回も、キッチンで作業を始めた戒人さんの姿を、黙って待っていた。
 まさかこんなに長丁場になるなんて、思ってもみなかったけど。

 何か、カレー味の炒め物が出来上がったらしい、食欲を刺激するスパイシーな香りが俺の許まで漂ってきた。
 戒人さんはフライパンをコンロから下ろすと、用意してあった平皿に中身を盛る。
 それからまだ何か作るつもりなのか、フライパンをすぐ洗剤で洗い出した。

 はぁ、と零れる吐息が聞こえた。
 戒人さんの溜め息だ。

 何か、今までと、だいぶ様子が異なる。
 俺まで今まで通り、黙ってていい感じじゃない、よなぁ。

 そう、ようやく思いを決めて、俺は椅子から立ち上がった。

「戒人さん」

 水気を拭き取ったフライパンをコンロに置き、再度油を引こうとする戒人さんに、俺は呼び掛けた。
 戒人さんの手が止まり、はた、とした表情で、俺の顔を見てきた。

 眞綾(まあや)、と戒人さんが俺のことを確認するように、ぼんやりとした声で呟く。

「……えっと、もう、皿がないです」

 ちょっと初っ端から「どうしたんですか」とは言えず、取り敢えず現状の報告をする形を取った。
 戒人さんは、え、と目をぱちくりさせた後、俺の視線の先を追うように顔を動かす。

 テーブルの上には、ずらりと並んだ多様な料理の数々。
 この2時間で、戒人さんが作り続けた品だ。

 しかし戒人さんは気付いていなかったらしく、「ぅわぁっ!?」と本気で吃驚した声を上げた。
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