混濁
自宅に着いて時計を見た。
時刻は0時を回ったところだった。
浅海は約束通り日付けが変わる前に帰って来たのだ。
もはやこれは執念に近いなという思いを込めつつ裕は先にリビングに入る浅海の背中を見詰める。
自分の代わりに荷物も持ってくれた浅海はまず電気を点けて、小さな声で「ただいま」と呟く。
応える声は今日はいない。
蒔哉もいない自宅というものは、思いの外とても寂しく感じられた。
「意外と寒々しいな」
同じことを考えていたのか、浅海もそんなことを言っていた。
そのまま浅海は裕の荷物から洗濯物を出し、先に洗濯機へ向かう。
裕はそこにいてと言われたが、手持ち無沙汰になるのも嫌で鞄の中身の片付けをしていた。
一度洗濯機を回し終えた浅海が戻ってくる。
裕はそんな浅海の分のお茶も一緒に用意しているところだった。
「ありがと」
台所に立つ裕に浅海が笑う。
帰宅して早々礼を言われ、裕はやや複雑な感情を抱く。
「やってもらってるのは俺の方が多いし、礼を言うのは明らかに俺の方だけどな」
はは、と軽く笑いながら自虐っぽさを滲ませながら裕は応える。
しかし浅海にとっては文字通り大した内容ではなく、お茶を受け取りながら何言ってんのと返す。
「裕の世話焼きたくてやってんのよ俺は。感謝が要らないってわけではないけど、申し訳ないと捉えられるのは心外だな」
浅海の返答に裕は一瞬真顔になり、それから照れたように笑う。
向かい合って座っていた裕だが、静かに立ち上がると浅海の隣の椅子へと移動してきた。
顔を近付けて、じっとその瞳を射抜くかのように真っ直ぐ見詰める。
何だ、と言いたげな浅海に改めて裕が告げる。
「ただいま」
まだ言ってなかった、と付け加えて。
楽しそうな裕の笑顔に浅海も釣られて口許を綻ばせる。
そういう顔が見たいんだわと浅海は答え、人差し指で裕の頬を軽く撫でた。