三つ首犬(いぬ)と九尾の化け猫
「化け猫ヤンキーって子がいましてね」
「浅岡先生の話はいつも突然ですね……」
「最近仲良くなったんですけど、何やら彼は人を捜しているみたいで」
「華麗なスルーですね」
僕の隣で喜々として話す浅岡さんに勿論悪気はない。
悪気はないけど、気遣いもなければ周囲の様子を確認するという発想も無い。
分かっていることだけど、生憎僕はまだ慣れていないのでその度に些細な違和感を覚える。
僕は味噌汁を飲もうとお椀を持ち上げて、やや呆れたように眼を細めた。
「だから今度の作品は彼の人捜しのお手伝いがてら、化け猫の話にしようと思いまして」
箸を持ったままの手を動かして、浅岡さんは宙にある何かを示すように告げた。
「ほうほう」
そんな浅岡さんの話に対し、向かいに座っている
彼女は僕と浅岡さんがお世話になっている雑誌の担当さんである。
平潟さんは僕よりも浅岡さんとの付き合いが長いため、こういう浅岡さんのフリーダム加減には慣れているらしい。
実際浅岡さんのこの掴みどころのない奔放さに付いてゆけず、彼の担当は幾度となく替えられてきたそうで。
平潟さんは編集部内でほぼお手上げだった浅岡都という難敵とようやく対等に渡り合える逸材とも呼ばれている。
「化け猫ですか~! そう言えば都さんの作品にはあまり出て来ませんでしたね」
もぐもぐとカツ丼のカツを頬張りながら、平潟さんは訊ねる。
彼女……見た目はきちんと女性らしいのに、言動が総じて大胆……且つガサツである。
一言で言うと「オッサン」だ。
まぁ、そこが男性社会である出版業界でも一人前として仕事が出来ている一因でもあるのだろう。
「あ~、そうですねぇ。化け猫とはあまり交流がなかったんですよね」
ふむと箸の先を口元に当てて、浅岡さんは頷く。
自分の気持ちも落ち着いた頃合いだったので、そうなんですねと僕も会話に再び混ざる。
「うちは母親が猫嫌いだったので、実家は猫除け対策が万全でしてね~……近付けなかったんでしょうね」
「そういうところは普通の猫も化け猫も一緒なんですかね」
浅岡さんの推測に、平潟さんが不思議そうに呟く。
「まぁ……基本的には長生きした猫が成るものですから、多分そうでしょう」
浅岡さんはそう答えたけど、最後に「よく分かんないけど」も付け加えた。
確かに、化けてしまえば人間風情の作った猫除けなんかには何の意味もなさそうだ。
けれど化けるほど長く強く生きて来た個体として考えると、そういう猫はそれまでの経験から学習して、猫除けの類が安全ではないことを理解しているのかも知れない。
物理的な障害はなくなったとしても、そういう嫌な目に遭ったという記憶から、化けても近付かないようにしていた可能性は有り得た。
「猫ってそういうところ聡明ですよねぇ。ほんとに頭が下がります」
んふふ、と楽しそうな平潟さん。
彼女は大の猫好きで、猫の話なら何処にいても聞き付けて混ざって来る。
でも化け猫も守備範囲なのは……さすがにどうなんだろうか(逞し過ぎる気も)。
「可愛い顔して奴ら総じて剛胆ですしね。化ければそれなりに妖力も得ますし」
平潟さんの熱の籠った意見に浅岡さんも笑顔で頷いている。
この2人は猫派としても意気投合し、しょっちゅう猫の話で盛り上がっている。