こちらが想うより深く
「何ここ……めっちゃ居心地いい」
到着して暫く、驚きと呆けたような間の表情を浮かべて裕はそう呟いた。
山に入ってからずっと黙っていた裕を心配そうに見ていた浅海も、そんな裕の一言に驚きを隠せない。
それもそうだ。
華倉の言っていたことがおおよそ当たってしまったのだから。
篠宮総本山。
歴代の憂巫女の魂を有する卑刀「鍾海」を管理し、同時に彼女たちと篠宮家一族の霊魂を慰め、供養する山。
一時は化け蜘蛛、九脚の蜘蛛
そこは聖獣にとっても鬼神にとっても心落ち着く空間であった。
鳳凰、真鬼がそうであるように恐らくは裕も、という話を華倉から受けたのが2ヶ月前。
最鬼が消滅してから裕にもその影響が表れ始め、1ヶ月後には生活に支障を来すようになっていた。
一般的な医療の診察を受けても異状はなく、原因も不明。
そこで浅海は華倉のことを思い出したのだ。
医学的な原因が見付けられないのならば、元凶は憂巫女にある。
浅海が思い立って魅耶に連絡を入れて、その流れで裕よりも先に事情を聞かされた。
最鬼が消えたため、3体の鬼神のパワーバランスが崩れたこと。
真鬼も目に見えて不調が続くようになったこと。
ゆえに試しに総本山で過ごす時間を設け、その結果がなかなかに良好だと。
浅海は怪訝な表情のまま華倉の話を聞いていた。
話をするのが華倉1人だったなら、浅海はここまで信用しなかっただろう。
しかし魅耶と、当事者の1人である真鬼からの証言も取れたのだ。
試しに一度来てみるといいと華倉からの提案に、浅海1人だけでは何とも返せなかった。
深く息を吐き、一応裕に説明するからと魅耶に簡単な手紙を作ってもらった。
勿論華倉の名前を書き添えて。
そしてそれから半月の後、実際に総本山を訪れた結果がこれだ。
「頭が軽い……気持ちが楽……何ここ」
新鮮な顔付きで裕が呟く。
確かに最近見た中では、今の裕は一番すっきりした表情をしていた。
まじかと浅海は声には出さずに口だけ動かし、目の前に突き付けられた現実に拒絶感を示す。
「お前でも違うか、創鬼」
寝起きのようにややぼんやりした顔付きの真鬼が襖から顔だけ覗かせて、そう声を掛けてきた。
おう、と裕が挨拶の意も兼ねたような応答をする。
裕と浅海の姿を認識すると、真鬼は一旦顔を引っ込め、腕だけで襖を全部開けた。
その襖に寄り掛かるように座り直し、今度は身体全部を見せた。
寝起きかよと冗談半分で言った浅海に、真鬼は1つ首を縦に振った。