義理の弟
「
傍のテーブルで同じように作業をしていた春和は顔を上げ、いないよ、と返す。
そのとき見た茉実の表情はきょとんとしていて、どうして、とでも言いたそうな目をしていた。
話の内容がさっぱり捉えられず、春和は席を離れ茉実の方へ。
「何いきなり」
確かに弟がいる、とは話してある。
その話題を持ち出したとしても、弟と妹を間違えるとは考えにくい。
しかも先刻の茉実の発言は「妹も」だった。
そんな疑問を次々と脳内で巡らせる春和の顔を確かめるように見てから、茉実はその手に持っている名簿を指差した。
「だってこの人、名字が違うでしょ?」
それは来月に迫った結婚披露宴の出席者リスト。
その親族欄に記載されている、弟の名前のことだった。
改めてそれを見て、春和も「あー、」と腑に落ちたような声を漏らした。
確かにこれは勘違いするかも知れない。
「違うよ、それが弟」
春和の淡々とした訂正に、あれ、と茉実は小さく驚く。
茉実にしてみれば結婚相手の弟という存在は、未だ話にしか聞いたことのない詳細不明の人物だった。
どこで何をしているのかすら、春和は多くを語らなかった。
聞きたい気持ちは充分強かったけれど、茉実はそれでも無理に聞き出すような真似は避けていた。
けれどこうして自分たちの挙式に呼び、新郎側の親族として出席するのなら、もう聞いてもいいだろうと判断する。
「どうして名字が違うの? 婿に行ったとか? ……あっ、もしかして込み入った事情が」
茉実はそう矢継ぎ早に訊ねてしまったあとで、はた、と気付いて慌てて口籠った。
義両親となる春和の両親からも、特に告げられていない話題だということを思い出したのだ。
それだけでも言いたくないことである可能性は充分だった。
けれど、別にそうじゃないよ、と春和は答える。
茉実の隣に腰を落ち着けると、こいつさ、と切り出した。
「好きになった相手が男なんだよ。子供の頃からずっと追い掛けてた。で、大学卒業と同時に、そいつの家の養子になるって言い出して」
両親は何とか引き留めようとあれこれ策を講じたけれど、どれも弟の決心を揺るがせるものではなかった。
「うちの親以上に、相手の親の方が説得すんの厄介だったと思うんだけど、それでもとうとう要求通したよ。まぁ、そういう意味では婿に行った、は間違ってないな」