穢れ


「榎本くん、まだ煙草吸ってたんですね」

 席に着くなり魅耶がそう口を開いた。

 ここは近所にある個人の営む喫茶店だ。
 有り難いことに店主が喫煙者のため、今も席の半分以上が喫煙可能である。
 そんな理由もあって、浅海の行きつけにもなっている。

 浅海はそう言われて、おう、と返事というより単なる反応のような返事をした。

 煙草やめたって言ったっけと呟きながら、自然な流れで1本取り出す。
 魅耶は簡素なメニュー表を開きながら頷き、子供を迎えるときに確か、と続けた。

 正直浅海には直接の記憶がなく、恐らく裕や華倉その他誰かがいたところで話が出たのだろうと結論付ける。
 しかし確かに魅耶の言う通りではあった。

 5年ほど前、最初の養子である李依を迎えることになった時のことだ。

「せめて子供が幼い内は煙草やめてくれって裕に頼まれたから、会社でも吸わないようにしてたな」

 煙草を咥えたまま丁寧に息を吐く。

 勿論店に入る前に、煙草は吸っていいかと訊いてある。
 魅耶自身は喫煙習慣はなく、それは華倉も同じではあったが、魅耶は煙草にはさほど嫌悪感は抱いていないようだった。
 どうぞ、と淡々と返されたことに、浅海が逆に拍子抜けしてしまったくらいだ。

「でも1ヶ月くらい経ってから何となく調子悪くなって来てさ。多分ニコチン中毒だと思うんだけど」
「あるんですねぇ、そういうの」

 顔馴染みの店主が注文を聞きに来てくれたので、浅海は煙草を口から離すと、ブレンドコーヒーを2つ頼んだ。

 店主はオーダーを受けつつ、デザートも新作が出来たから試食を頼みたいと続けた。
 魅耶にも了解を得て、一緒に持ってきてもらうことになった。

「医者にかかったりはしたんですか?」

 店主がカウンターに戻っていくのを簡単に見送り、浅海は再度煙草を口に運ぶ。

「しんどかったけど耐え切れないわけじゃないし、まぁその内慣れるだろと思って放っておいたわ」

 ゆらゆら、吐き出される白い煙は留まることなく消えてゆく。

 医者にかかるほどではなかったが、と浅海はやや首を傾げて言った。

「妙なことにさ、裕もちょっと体調悪くなってたんだよな。裕は他一切何も変わってないはずなのに」

 言うまでもなく、子供を1人育て始めたこと自体は大事おおごとそのものである。
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