Nobody can take your place


 食卓に着いて、夕飯を食べようとしたときだ。
 玄関の呼び鈴が鳴らされた。

 雪路ゆきじは静かに席を立ちながら、手を止めて自分を見上げる千晴ちはるに言う。

「千晴は食べててね。すぐ戻って来るから」

 はぁい、という娘の返事を聞くと、雪路は玄関へ向かった。

 訪れたのは義弟の貴博たかひろだった。
 お久し振りです、との挨拶に、雪路も笑って応える。

 貴博の持ってきてくれた荷物を受け取ると、雪路は笑顔のまま続けた。

「ごめんね、亜紀今寝ちゃってて。多分もう今日は起きないと思うんだ」
「そうですか」

 やっぱり、と貴博は呟く。
 この母親からの差し入れは、明日の朝頂くね、と雪路は返した。

「一番忙しい部署ところから離れたとは言っても、今まで以上の業務量は続いてるみたいで」

 数日前、フラフラの状態で帰宅した亜紀が譫言うわごとのように呟いていたこと。

 お母さんの煮物が食べたい。

 幸い弟が近所に住んでおり、雪路は貴博に事情を説明して亜紀の望みを叶えてやれるようにしていた。

 今日は日勤なので、夕飯は一緒に過ごせるだろうと考えていた。
 しかし雪路が仕事を終え、娘の千晴のお迎えを済ませて帰宅したとき、既に亜紀はいた。

 玄関先で力尽き、床に倒れ込んで寝ていたのだ。

 ママこんなとこで寝てる、と千晴が真面目に言うものだから、雪路は怒ればいいのか笑えばいいのか分からなくなった。
 鍵が手元近くに転がっているところを見ると、施錠したまでが限界だったようだ。

『千晴、ひとりで着替えてきてくれるか? パパ、ママをお布団まで運んで来るから』

 千晴の手をまず消毒してやって、雪路はそうお願いした。
 すると千晴は首を横に振り、ちはるもいく、と言った。
 雪路は笑って頷くと、亜紀の鞄を運んでもらうように頼んだ。

 亜紀は深く眠り込んでしまっているようで、ちょっとの振動や物音ではさっぱり起きる気配がなかった。
 取り敢えず上着や靴下など締め付けるものは脱がせ、ベッドに横にさせた。

 ママのかばん、と千晴に言われ、雪路は亜紀がいつも鞄を置く場所を教えてやった。

 上着をハンガーに掛けているときだ、ポケットの中で物音がした。
 亜紀の携帯電話である。

 仕事の内容じゃ分からないよなと思いつつも画面を確認すると、弟である貴博の名が表示されていた。
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