サプライズ


「あれ? 華倉くんだ。お久し振り」

 廊下の角を曲がったと同時にそんな声を掛けられる。
 華倉は手元のスマホから視線を上げ、自分の目の前で微笑む彼を認識する。

「っ! 忠雪さんん!!?」

 どきーっ、と心臓が一度大きく跳ね上がる。
 うっかり落としそうになったスマホをがっちり掴み直すと慌てて返事をした。

「おおお、お久し振りです! 今日はどうして……」
「兄の代理で、契約の締結に」

 お邪魔してますと忠雪が穏やかに答えた。

 華倉の実家である篠宮と、忠雪の実家とはビジネスパートナーの関係にある。
 少なくとも父である政明の代には頻繁に業務提携を繰り返していた。
 その関係は1つ代が下がった今も良好だ。

 現在忠雪は実家の手伝いをしているという。
 菱人の話によれば、当主である兄の傍らに付き代理として働いているだとか。
 お兄さんの調子でも悪いんだろうかと華倉はずっと気になっていたが、直接ビジネスには関わってない自分が訊ねることは憚られた。

 華倉くんは出てこないんですかと忠雪からの問い掛けに、華倉は控えめに笑って頷いた。
 実家のことはノータッチなんです、と。
 その言葉に忠雪も小さく笑う。
 やっぱそれがラクですよねと言いながら。

 それから何度か他愛ない世間話を続けていると、華倉の手の中のスマホが短く鳴った。
 画面にこっそり視線を落とすと何やらメッセージが見えた。

「ああ、足止めしてしまって申し訳なかったです」

 忠雪も自分の用事を思い出したようだ。
 時計を確認すると、華倉にそう一言詫びを入れた。
 画面をそのままに華倉は勢いをつけて顔を上げ、滅相もないと大声で答える。

 愉快そうに笑い忠雪はふと表情を落ち着け、華倉をじっと見詰める。
 突然の眼差しにやや身構える華倉に、忠雪は満面の笑みで伝えた。

「バンド、ずっと応援してくれてて有り難う御座います。近々嬉しい発表があると思いますのでお楽しみに」

 そう、はっきり言い切ると一礼して華倉の横を通って行く。
 後ろの方で、忠雪を見付け出迎えたらしい真鬼の声がした。
 応接室に案内が済んだらしい、ドアが閉まり1つの足音が近付いて来る。

「ぅわっ!?? 華倉?! どうした!!?」

 左側の壁にぶつかりながら膝から崩れ込んでいる華倉を見付け、真鬼が肩を震わせて叫んだ。
 華倉の顔は真っ赤で呼吸は荒く、胸元をがっしり握り締めている。
 そんな華倉の様子に困惑しながらも状況を把握しようと慌てる真鬼に向かってか否か、華倉は半笑いの口許で呟く。

「心臓爆ぜる……」
「本当にどうした!?!」

 その右手に握られたままのスマホでまさに見ていたのはSNSだった。


 数日後、紫龍活動再開のアナウンスがTLに流れて来ることとなる。



2021.9.10
(華倉さんは特に自分が紫龍ファンだとは言っていないので滅茶苦茶吃驚したのでした)
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