ちょっとずつ
ただいま、の声に、返答がなかった。
俺は一瞬だけ違和感を覚えたけど、すぐに思い当たって、静かに寝室へと向かう。
控え目にノックして、裕、と呼び掛けつつ中を覗く。
丸めた毛布を抱えて、こちらに背を向けている裕の姿が見えた。
俺は近くまで行って話し掛けたい気持ちをぐっと堪えて、何とか淡々とした声色でもう一度「ただいま」と伝える。
裕からの反応は、ん、という、あるのかないのか分からないくらい、曖昧なものだった。
それでも俺は静かにドアを閉めて、溜め息を零す。
これは、疑問ではなく、納得の意味で。
裕と一緒に暮らし始めて3年ほど過ぎた。
何だかんだ中学の頃から付き合いはあるけれど、まだまだ知らないことなんか山ほどある。
一緒に生活を始めてから、その傾向は顕著だ。
バスタオルは2日に1度洗うとか、靴は案外脱ぎっぱなしとか、コートは椅子に掛けちゃダメとか。
そういう今まで知りたくても見られなかったことの多さに驚かされる。
それは多分、俺が裕に感じているように、裕も俺に抱いていることではあるだろう。
例えば、今日みたいな、どうしようもないストレスを抱えて帰って来てしまったとき。
俺は何とか自覚して、外である程度まで発散させておこうと気を付けているつもりだけど、それでもどうしようもないときは、裕に頼んで付き合ってもらう。
裕は半分くらい聞き流しちゃうけど、それが逆に有り難い。
このことも一緒に暮らし出してから知ったことだった。
ただ聞き流してくれる相手がいるということの心強さって本当にあるんだなと、俺もしみじみ納得した。
だから逆に、裕の行動パターンが意外だった。
裕は強いストレスとか、何か自分で処理し切れないことがあると、今日のように塞ぎ込む。
黙って、本当に何もせず、じーっと横になってる。
これに初めて遭遇したときは本気で焦った。
え、何、熱? どっか痛い? どうした? って滅茶苦茶訊いてしまった。
でも裕からの返答はなくて、あっても「んー」とかの呼応だけ。