呪いの原点
「珍しいな真鬼、突然訪れるなんて」
何の連絡もなく自分の元へ姿を見せた真鬼に向かって、
本当に不思議だったせいもある。
ここ何年も、真鬼が地獄に戻って来たことはなかったからだ。
ああ、と短く返事をし、真鬼は早々に本題に移る。
「今日来たのはとある人間の使いでだ」
「人間の……?」
真鬼の口から出てくる言葉に、鬼月は話の中身が掴めずにいた。
お前今人間と暮らしているのか、と鬼月は確認を取るように訊き返す。
真鬼は頷いて見せるだけの返答をした後、少しだけ間を空けて、切り出す。
「……お前が知っていることだけでいいから教えてくれ。此処にいる間の、憂巫女の
す、と真っ直ぐに鬼月の瞳を捉えて、真鬼は視線を動かすことなく言い切る。
憂巫女、とその単語を繰り返すように呟き、鬼月は一旦目を伏せて息を吐く。
それから、言葉を選ぶように「ちょっと待て」と前置きしてから、念を押す。
「……いくら私が地獄の管理者をしているとは言っても、私が生きていた平安中期まだ憂巫女の存在は表立ったものではなかった。私が知っていることなど本当に些細な情報だけだぞ?」
それでもいいのか、と鬼月は真鬼に訊いた。
真鬼は頷いて見せてから、「役に立つかどうかは聞いてから決める」と返した。
鬼月はそんな真鬼の返答、よりも、表情の強さに、そうか、とだけ答える。
鬼月は話すことを承諾したが、それでも再度繰り返す。
「とは言っても、教えられるほどのことは把握してないのが実情でな」
そう話し出しながら鬼月は振り向いて、延々と広がる荒れ狂う炎と大地に目をやる。
「ご覧の通り、地獄は広すぎる。私ですら全てを知るには時間が掛かる。だから私の元まで情報が来た頃には、既に終わっているような報告もあるわけだ」
「……憂巫女も、そのひとつだった、と?」
鬼月の前置きを聞いて、真鬼はそう解釈をまとめる。
そんなところだ、と鬼月が頷き、顎に手を添えて考える。
記憶にある限りの憂巫女の魂について、どこから話すか、と。
「……確かに違和感のある御魂だな、とは思っていた。此処に来る魂は、殆どが未練を抱えたままだ。憎悪、憤怒、殺意、そんな感情の塊が剥き身の状態で堕ちてくるところだから、異様さには慣れているんだが」
それにしても、憂巫女の御魂は不可思議なものだった。
鬼月は初めて感じた頃のことをよく思い出した。
「御魂の逝き先を決めるのは閻魔大王だから、私はあくまで地獄に堕ちて来た魂の管理をするに過ぎない。憂巫女がどういった裁判を受けて地獄に来るのかなんて、気にしたこともなくてな」
ただ、今になって思うと、確かに奇妙なものだった。
「……堕ちて百年くらいは大人しいんだ。と言うより、どこにいるのか分からなくなるんだよ。でも二百年経とうとする頃に、急にその御魂が力を増幅させて、勝手にいなくなる」