「え？　麻雪（まゆき）がいなくなった？」

　華倉さんのその言葉を聞いて、ようやく、菱人（ひしひと）さんの焦りようの理由が分かった。

　突然掛かって来た電話。
　僕が出ると、菱人さんがかなり動揺した口振りで「華倉はいるか」と言って来た。
　風呂から上がったばかりの華倉さんを呼び、電話を代わる。
　華倉さんの傍で話を何となく聞いていたら、そういうことだった。

　麻雪ちゃんが、いなくなった？

「何で？　明日挙式じゃん？」

　華倉さんもやや動揺した様子を見せながら、何が起こっているのか冷静に理解しようと、そう返す。
　しかしそれが分からないから、菱人さんはこんなにも混乱していたのだ。

『部屋でウェルカムボード作ってると思ってたんだけど、知らない間に姿消えてて……』

　家のどこにもいない。
　もしやと思って確認したが、財布も自動車もあった。
　でも靴だけがない。

　菱人さんはそう、いつになく酷くまくし立てるような早口で説明すると、ひとつ大きく息を吐いて続ける。

『俺もだけど今近場を捜してる。もしかしたらそっちまで行ってるかも知れないから、華倉も捜してくれ』
「うん、分かった」

　そこで電話が切れて、暫しの静寂を挟む。
　華倉さん、と僕が呼ぶと、華倉さんは「話の通り」と表情を険しくさせながら僕に言う。

「俺ちょっと出て来るよ。でも魅耶は此処に居て。菱兄ィとか、もしかしたら麻雪が来るかも知れないから」

　華倉さんからの指示に、僕はしっかりと頷いた。
　懐中電灯とスマホを持って、華倉さんは麻雪ちゃんを捜しに、夜の山を下りていく。

　どうしたというのだろう。

　明日、麻雪ちゃんは結婚する。
　婚姻届はもう出していて、相手の家とも仲良くやっている、という話は菱人さんから聞いていた。

　最近は披露宴の準備やらで実家に戻っていることが多かったそうだけど。
　でも、前日になって、いなくなる、って。

　確かに財布も車も残っているとなると、今の自宅に帰ったわけではないだろうし、遠出も出来ない。
　総本山のあるここまでなら、歩いて来れる距離ではあるが……。
　でももう外は真っ暗で、女の子がひとりで歩くには、少々不安な立地だ。

　だったらどこに。

　菱人さんが知らない間に家を出てしまった、という点が、酷く気になった。

　それから何の音沙汰もなく、暫く。
　華倉さんも出てって１時間くらいかな、と思っていたところへ、再び電話が掛かってきた。

　誰からかはちょっと見当が付けられず、取り敢えず出る。

『あ、魅耶くん？』