悪酔い
「ただ~いまぁ~」
それは未だかつて聞いたことのない言い方だった。
取り敢えず浅海ではない別の誰かが入ってきたのでは、と疑ってしまうほどだった。
俺が出迎えようと思って玄関へ続く廊下のドアを開けると同時に、おっ、という、陽気な声。
「ただいまぁ~」
軽い……というか、何かもうめっちゃチャラい声。
俺はドアノブに手を掛けたまま、暫し怪訝な視線をその声の主に送っていた。
……うん、多分浅海だ。
だいぶ出来上がっているのが一目で分かる程度にご機嫌な、見慣れているはずなのに初めて見ると思われる笑顔で、廊下を歩いて来る浅海を、俺は確認した。
何だお前。
「何、エラく出来上がってんな」
家でだってこんな浅海見たことないんですが。
なんて思いつつ、やや警戒しつつ、取り敢えずあまり相手したくないなという本音を隠しながら浅海を出迎えた。
しかし浅海、え~、とかいつもよりもトーンの高い声で返事。
「そんなことないよ~、んふふ」
キモい。
えっ、嘘でしょ、何その笑い方。
いやいやいやいや、すげぇ酔ってますやん。
「どしたの。今日酔い方可笑しいじゃん」
えへへ~、とか終始にこにこ笑いながら何とか俺の許へ歩いて来た浅海に、俺は率直に問い掛けた。
しかし浅海は、俺の質問にはすぐには答えず、んーっ、という満面の笑みを浮かべたまま、まず俺に抱き着く。
わっ、と驚く俺に凭れ掛かるようにぎゅーっと全身を押し付けながら、待っててくれたの~? とか訊いてくる。
……待ってたっちゃ待ってたけどよ。
まさかこんなんが帰って来るとは聞いてねぇんだわ。
「ねぇ浅海、何か今日ウザいね」
「んフッ、何で?? どういうこと??」
いや、それは俺が知りたいんだけど。
すりすりと俺の耳元や首筋に頬擦りとか鼻先を擦り付けながら、しゅきー、とか言い始めるし。
えー……何こいつ、今日めんどくさい……。
「浅海さーん、取り敢えずリビング行くよー。そして水を飲んで」
頼むから、と、話し掛けるというよりか、やや本気で頼み込む勢いで俺はそう告げる。
しかし浅海は自分から動こうとしない。