君のせい、君のお陰
俺の首にぎゅうとしがみついて離れようとしない男の子の頭を、優しく撫でながらお迎えを待つ。
この子、朝からやけに大人しいなと思ってたら、案の定、熱を出した。
そのため、親に連絡をし、迎えに来てもらうことになった。
せんせぇー、とだるそうな声で俺を呼ぶ。
抱っこしたまま俺は男の子の呼び掛けに反応する。
もうすぐママ来るからなー、と背中を優しく叩いて、男の子の苦しさを少しでも和らげようと寄り添った。
うん、と頷いてくれたけど、いまいち反応は鈍いままだし、ぎゅうと抱き着く力は変わらない。
保育園入り口で俄に物音がした。
お迎え来たかな、と思って、ママ来たよ、と男の子に微笑みかける。
男の子はもう一度俺の肩に顔を埋めるようにくっつくと、ふと顔を上げて呟く。
「せんせいもここ赤いよ? だいじょうぶ?」
どこ、とその子に指摘された部分に逆側の手を添える。
虫にでも刺されたのかな、と初めはそんな風に思ったせいだ。
でも別段、触って分かるような変化はない。
すみませ~ん、と親が駆け足で入ってきたのが見えたので、一旦その話題はさておき、俺は男の子の状態を伝えて、無事に親に引き渡して見送った。
「ちゃんと寝て、元気になったらまた遊ぼうね」
よしよし、と親に抱っこされた男の子の頭を丁寧に撫でて、うん、と覇気なく笑うその子にバイバイした。
そのあとはすぐに通常の仕事に戻ってしまったから、男の子に指摘された「赤い」についてはすっかり忘れていた。
んだけど。
「ねぇ、知ってて黙ってたの?」
帰宅直後。
開口一番、俺は浅海に訊いた。
今日は午後に半休を取っていた浅海は、夕飯の支度をしている途中だった。
皿を出してきた浅海が、お帰り、よりも先に「え?」と応える。
帰路の途中、ふっと「赤い」の話題を思い出し、思い当たる節があった。
肩よりも背中側へちょっと下って、一部が赤くなった皮膚。
これ、キスマークじゃん。
それに気付いた瞬間、まじか、と往来の真ん中にいたけど撃沈して顔を伏せた。
何でよりによって子どもに見付かるんだよそれが一番恥ずかしいわ。
という事情を簡単に説明して、再度浅海に訊ねる。
何故言わなかった、と。
浅海は一旦皿を置いて、俺の背後に回って、襟ぐりを引っ張ってそれを確認する。
あー、という呑気な反応からは、知っていたという事実は分かった。
「ごめん。見えないだろうからいいかと思って……」
確かにまぁ見えない位置ではある。
けれど意に反して見付かってしまったのは事実だ。
俺は恥ずかしいやら気まずいやらで、そのままソファーに座り込んだ。
「いや別に、何が問題ってわけじゃないんだけど……あの子がうわ言ででも変なこと言わないかなぁ、と」
ただでさえ「独身なんですか?」とかしょっちゅう訊かれてしまう俺(28歳という年齢も相まって)。
ちなみにゲイということは黙っている。
言っても言わなくても問題は形を変えて出て来そうだし、それに俺自身は、周知されたい訳じゃないからな。
でもプライベートに色々口出されたり、詮索されるのはごめんだ。