傍にいる


「何でわざわざうちに来て読むんですか?」

 通り過ぎること何度目かにして、とうとう魅耶が口を開いた。
 居間の奥の方、柱に寄り掛かるように凭れて読書に耽る鳳凰に向けられた小言だった。

 鳳凰はちらりと魅耶に一瞥くれただけ、すぐに書面に視線を戻すと、当然のように告げる。

「日中は麒麟の奴も留守にしているからな、屋敷にひとりで居っても暇で仕方がない」
「だからって此処に来てもいい許可は出してませんけど?」

 出来れば追い出したい魅耶だが、下手にそうもいかないのが現状である。
 魅耶は続けて文句を垂れようとしていたのだが、ふっと第三者の視線を感じて、口を閉じた。

 すっかり指定席になった鳳凰のお膝に収まっている紀久が、魅耶を見上げて来たからだ。

 紀久のことを考えると、あまり強くは言えない。
 なので出来る手段と言えば、自発的に来なくなるように鳳凰を誘導するくらいである。

 けれど、魅耶のそんな思いも、あまり考慮されていないらしい。

「魅耶、鳳凰のことはそれくらいにしてー。早くこっち手伝ってよー」

 廊下の向こうから、華倉に呼ばれる。
 華倉も鳳凰が此処で過ごしていることに関しては、あまり気に留めていないのだった。

 華倉に呼ばれてしまっては、もはや話を続けることは不可能。
 ち、と小さく舌打ちをすると、魅耶は華倉に返事をしながら、足早にその場を離れた。

 再び居間には静けさが戻る。
 ふう、と溜め息を溢し、鳳凰は次のページを捲る。
 その時、視界の隅に、小さなおかっぱ頭が見えた。

「……お前は何故我の許に居るんだ?」

 すっかり慣れてしまったため、最近は違和感すら抱かなかった。
 紀久は元々大人しく、早い話が気配が「邪魔にならない」のだ。

 正直に言えば、鳳凰は時々自分の膝に紀久がいることを忘れてしまうことがあるほどだ。
 そう言えば、最初からそれほど気にならなかった。

 鳳凰からの質問に、紀久は静かに振り向いた。
 小さな瞳で鳳凰を見上げる。

「……お邪魔ですか?」

 少し不安そうな紀久。
 鳳凰は、そうではないが、と断りを入れてから、言葉を選びながら続ける。

「我を寄り付かせたくない魅耶にとって、お前が一緒に居ることは不都合なことだろうなと思ってな。結果として我は助かっているが……お前はいいのか? 別のところで何か言われたりしないか?」

 鳳凰の言葉に、紀久は暫しきょとんとしていた。
 けれど、それから首を横に振り、何もないよ、と答えた。

「鬼様はそんなことしないよ。わたしたちの我が儘を許してくれてるよ」
「我が儘?」

 紀久の返事に、鳳凰が首を傾げた。
 お前がどんな我が儘をしていると言うのだ、と鳳凰は珍しく興味を持った。
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