執着、と、その先
「魅耶、すげぇ座椅子使ってんね」
夕飯の支度が出来たので、魅耶を呼びに部屋へ向かった俺の目に飛び込んで来たのは、それは厳つい座椅子だった。
そうですか、と答える魅耶は、その時は座椅子を離れて、作業机からやや遠い位置にある本棚で何か物色していた。
俺はついつい座椅子に近付き、背凭れに手を掛けて自分の方へ引っ張る。
しかし思いの外、その背凭れが左右に動くので、あれ、と吃驚してしまった。
「うわー、これ台座回るタイプ!?」
ついテンションが上がって、勢いを付けて背凭れを何回か回してみた。
これ、座ったままでも全身で横向けていいよね。
俺がそうテンションそのままで言うと、そうですね、と魅耶から同意する声が返ってきた。
「座り仕事ですのでどうしても。椅子の質が作業効率に反映されますしね」
魅耶のそんな感想のような説明に、そっかー、と呑気に答えながら、俺は座椅子に座ってみた。
うあー、しっかりした座り心地。
意外と堅いんだね、と呟きながら、何となく振り子のように左右に行ったり来たりと遊ぶ。
しっかりめの生地の上に、薄めの座布団。
腰をフォローするように丸いクッションも置いてある。
なーんか……ほんとに作家って感じあるな、この仕事場。
なんてすっかり感心しちゃって、魅耶の仕事道具ってどんなんなんだろ、とか考え始める。
他人のデスクってそうそう見たことないよな。
まぁ俺は同僚がいるわけじゃないし、第一勤め人じゃないから、他人のデスクとか存在しないんだけど。
なんて、作業机の上に広がっている魅耶の文房具を眺めながら、またゆらゆら遊んでいたときだ。
「っ、わ!!!」
何か目の前に影が出来たな、なんて気付いたと同時に、いきなり背凭れが勢いよく倒れた。
全身で寄り掛かっていた俺ももれなく一緒に倒れていく。
がっくん、と後ろの棚にぶつかるか否か、といったところまで倒れた背凭れが急に止まり、その反動が俺の上体にダイレクトに響く。
なん、と吃驚しながら上を向くと、俺に跨がるような体勢で、顔を覗き込む魅耶の姿があった。
「リクライニング機能も付いてます」
7段階です、と魅耶の左手がゆっくりと戻ってくる様子が、レバーの在処を示してくれていた。
それはいいけどいきなりはやめてよ、と俺は苦笑いを浮かべて訴えた。
「めっちゃ反動来たよ。がっくーん、って」
意外と怖いんだけど、と俺の上から退く気配のない魅耶を見上げて続けた。
しかし魅耶は、そうですね、と素っ気ない返事。
って言うか。
「いきなり襲って来るよね、魅耶って」
まさかこんな状態にされるとは思いも寄らなかったぞ。
台座が回転する不安定なタイプの座椅子、しかも背凭れはいっぱいまで倒されている。
これ、普通に畳に押し倒されるより動けなくない?
なんて冷静に訴えてみた俺に、何を今更、と魅耶も淡々と答えた。