花火の日


「今年も花火の日だねぇー」

 なんて、わくわくしながら俺のお膝にダイブしてくるときちゃん。
 と言うのも、今しがた、今年の1発目が盛大に打ち上がったのが見えたから。

 俺は窓も網戸も全開にした縁側に座って、庭先の奥に広がる、花火のキャンバスを眺めていた。

「ときちゃんも飲む? 麦茶だけど」

 手元に置いてあったお盆から、麦茶と小さな湯飲みを見ながら、ときちゃんに訊いた。
 いただきまーす、と元気よく返事をしてから、ときちゃんはくるりと自分の背後を振り向く。

「紀久ちゃんも灯吉くんの分も!」

 しっかり俺に申告するときちゃん。
 いつの間にやらちょこんと、ときちゃんの背後に控えるように2人が立っていた。

 そうだな、と笑って、俺は追加分の湯飲みを取りに、一度立ち上がった。
 戻ってくると、次の花火が打ち上がったところだった。

 ドーン、という破裂音に、紀久ちゃんはまだ慣れないらしい、湯飲みを持つ手が吃驚している。
 麦茶零すと悪いから、終わってからにしよう。

 そう思った俺は、先に灯吉くんを呼ぶ。
 手ェ動かさないでねー、と注意するんだけど、灯吉くんの返事は上の空。

 完全に花火に見入っていた。
 しょんないか。

 深い紺色の中、一瞬だけ色付く大輪。
 赤、緑、ピンク、金色、輝いては潔く消えて行く。

「すごーい」

 ひと段落して、ぱちぱち、と拍手を送るときちゃん。

「ここは特等席ですね」

 安堵感も見られるけれど、やっぱり感激している様子で、紀久ちゃんも思わず感想を零してる。
 ね、と俺はそれに頷いて、1人ずつ、麦茶を注いでやる。

 それでも、花火の特等席だと知ったのは、此処で暮らしてからだった。
 確かに幼少期から幾度か来ているけれど、俺は此処に泊まることはなかったから知らなかった。

 総本山の近くには小さいけれど神社が在って、毎年決まった日にちに、1日だけ縁日も催される。
 その日のフィナーレが、この花火大会なんだ。

 山の上だから、喧噪もなければ、生活音もしない。
 その分花火と花火の合間の静寂が、静か過ぎるけれど。

「巫女さま。何で鬼さまはいないの?」

 突然だった。
 いきなり質問されたせいで、本当に、えっ、という素っ頓狂な声が出た。
 灯吉くんが空になった湯飲みを握り締めて俺を見上げている。

 そう言えばー、と呑気に相槌を打つときちゃん。
 きょろきょろと辺りを見回して、魅耶の姿がないことを確認する。

 鬼さまは、とときちゃんにも訊ねられる。
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