第5話


 エイノの穏やかな笑みの奥底に、じわりと滲み出た怖気おぞけ
 春己はそれを真正面から受け、思わず肩を揺らして動揺した。

 その黒々とした吐泥ヘドロのような怖気はすぐに鳴りを潜め、エイノの顔にはまた穏やかさだけが見られた。

「春己だけじゃない、信じられない人間は大勢いますが……魔女、所謂魔力による呪術や妖術を行う存在は実際にいたんです」

 いいえ、それは今も存在する、とエイノは言い換えた。
 勿論、僕もその1人ですとも。

 驚きと理解し難い内容に反応が取れない春己に、エイノは構わず話し進める。

「魔女にも善悪の勢力関係がありました。人間に寄り添う者は善き魔女、反対に害なす者は悪しき魔女というように」

 僕は善き魔女に教えを請うたので、その力で人々の助けをしていました。
 僕はそれが幸せでした。

 しかし、とエイノの表情が陰る。
 善き魔女の行いが気に食わない者たちが、その日、村を強襲した。

「人々を守り、逃がしながら僕たちは戦いました。けれど、善き魔女の犠牲は少なくなかった。僕の師も最後には命を落として、」

 エイノはそこで一旦黙り込んだ。
 込み上げてくるものを必死で抑え込んでいるようにも、春己には見えた。
 エイノは音もなく長く息を吐いてから再度口を開く。

「悪しき魔女たちを率いていた中心人物もその時点では充分手負いの状態でした。僕は、そいつにトドメを刺そうと向かっていったのですが……返り討ちに遭いました」

 それが蝋人形としての封印だった。
 それからのことは断片的に覚えているとエイノは言う。

 悪しき魔女たちの中心人物は蝋人形と化したエイノを置き去りにして何処かへ逃げ切った。
 エイノは時代の中で人から人へ、国から国へ、そうして訳あって最終的に春己の勤める高校へと流れ着いた。

「その時点で250年は経っていたと思います。いつか封印が解かれることだけは分かっていたとは言え常に不安でしたが……春己があの図書室に現れたとき、その不安も綺麗になくなったんですよ」

 エイノの長い語りはようやく一段落着いたらしい。

 しかし春己は初めから興味もないので、はぁ、という気のない呼応を見せるに留まった。
 何を言っているのか春己にはさっぱり理解出来なかった。
 映画か何かの話ではないだろうかとその時になっても他人事のように捉えていた。

「春己、貴方は魔力を持つ者だ」

 それは悪魔の王たるサタンに近い力。
 故にエイノに掛けられた呪いをも解いた。

「何を根拠に」
1/3ページ
スキ