暗流
「あっ、いた」
最後の1問に差し掛かった広政の耳に、そんな聞き慣れた声が聞こえた。
顔を上げると、捜したぞー、と言いながら
昼休みの自習室。
週末になると広政はここへ通い、宿題を片付けるようになっていた。
「お前ほんと真面目だなぁ」
喬は広政の手元を覗きながら隣に座る。
そういうんじゃないよと広政は笑って応えて、土日は時間が欲しいからと続けた。
それを改めて聞くと、喬はニヤニヤしながら返した。
「“図書館のお姉さん”とデートか」
「、でっ!!」
うっかり大声を上げそうになった。
しかし此処は図書室ではないにしろ、基本的には私語厳禁というルールの下、使用が許される場所である。
他に利用者はほぼいないが、広政は深く息を吐いて自分を落ち着かせると、喬に顔を近付けてきっぱり答える。
「そういうんじゃないって何度も言ってるじゃん! まだ2、3回話したことあるだけだって」
「いや~でも相手のお姉さんはお前に好意あるだろなぁ。読書の趣味が同じってだけでさぁ」
広政自身、宿題をなるべく家に持ち帰らない理由の1つには「読書の時間の確保」がある。
それはまた、土曜日は短時間でも図書館に出向くための意味もあった。
“図書館のお姉さん”とは何も必ず会えるわけではない、約束を取り付けているわけでもない。
けれどもあの人に会うためだけに行くわけのではないので、広政にとって真っ当なものである。
しかし、そこは年頃の男子ゆえ、とでも言うべきだろうか。
喬は「へぇ~~?」といまいち納得していない、曖昧な視線を広政に向けている。
「とにかく抜け駆けは許さん。でも進展あったら報告よろしく」
「ちょっと頬っぺた突くのやめて」
羨ましいなぁおい、と呟きながら、左手で広政の頬を軽く突く喬。
広政は徹底して「そういうんじゃない」を繰り返して、喬が期待しているであろう「前提」は否定していた。
そんな自習室の窓から見えるのは中庭。