狙われるもの
自分の声に混じる寝息に気付き、真鬼は手元の本から視線を上げる。
隣で聞いていた広政だったが、とうとう寝落ちてしまったようだ。
無理もない、時刻はもう日付が変わっている。
自分で読むにはちょっと難しいからと広政は今日も真鬼に本を読み聞かせてもらっていた。
読めない漢字が頻出することもだが、今の感覚では理解が難しい時代背景や言葉の意味などの解説も欲しかったからである。
座卓に突っ伏すように眠ってしまった広政をベッドに運ぶため、真鬼は本を閉じた。
今日もこんな調子で眠りに就く広政のことを、容子が気に留めていたことも思い出す。
自分の好きなことに没頭することに邪魔はしたくないけど、夜はきちんと寝て欲しい。
容子は夫である菱人の生活態度を間近で見続けているためか、広政のことも心配だったのだ。
菱人とて今後も同じような生活を続けていれば、健康に及ぼす悪影響は無視出来なくなるだろう。
一方の広政は今成長期だ、菱人とはまた異なる健康リスクが存在する。
人間は“妖”とは違う。
命の総量は決められていて、削った分は見えないだけで漏れなく失われている。
そういう意味ではあまり広政の頼みに応えるばかりではいけないのだろう。
布団に横になれたことで寝やすくなったのか、広政は起きる様子もなく、寝息もより深いものへとなった。
座卓に広げられたままのノートや辞書を簡単に片付けた真鬼がそのまま部屋を後にしようと立ち上がったときだ。
後頭部に何かが突き刺さる感覚を覚える。
真鬼は静かに背後を振り向き、カーテンが閉められた窓の外へと意識を向ける。
音を立てず、同時に気配も限りなく消してその窓へと近付いた。
途中、広政の勉強机に置いてあるペン立てから、ハサミを拝借しながら。
カーテンをそのままに、直接窓の鍵に手を掛ける。
すっかり静まり返った外の世界は外灯や近くのビルの電灯、遠くから響く貨物船の汽笛などで朧気だ。
そんな夜の闇に、それは同じように紛れていた。
窓を勢いよく開けるや否や、真鬼はハサミをそれに向かって投げ付ける。
ハサミは見事にそれを捕らえ、そのまま近くに生えている桜の樹の幹に突き刺さった。
回収するために窓から庭へ出る。
これの他には周囲に変わった気配は見当たらない。
警戒心は解かず、真鬼はハサミが捕らえたそれを手に取った。
「千代紙……」