臨機


 総本山の随所に残る薄蓮はくれんの痕跡。
 真鬼はそれに己の力を混ぜ込み、最鬼を絡め取る罠を作っていた。

 しかしそれは同時に、最鬼が気付けば逆に利用されてしまうことも意味していた。

 成る程なぁと最鬼がニタリと笑う。
 一見何もない宙へ腕を伸ばすと、一瞬指先だけに力を込める動作をした。
 その直後最鬼は空気を鷲掴みするかのように大きく握り拳を作りながら腕を背後へ引く。

 何だ、と様子見がてら距離を取っていた華倉だったが、最鬼のその腕の動きに合わせて、何やら背中から強い力で全身を押される感触がした。
 それは華倉の身体を背後から丸ごと包み、そのまま最鬼の方へ手繰り寄せていくかのようだった。

 状況が読めないながらも華倉は踏ん張りの利かない両足に代わって、「鍾海」を地面に突き立てる。
 それを軸に何とか動きに制限をかけようとした。

 すると、背後で何か紐のようなものが引き千切られる音が立て続けに響く。
 その音と共に徐々に華倉を背中から押してくる力の圧は消えていった。

 最鬼が舌打ちをし、手に何か付いているのか、振り払うように数回手を振った。

 華倉は「鍾海」を引き抜き、最鬼との間合いを詰める。
 最初の一振りは腕で止められ、次の一撃は直前に出したらしい棍棒で受け止められる。

 押し切れるだけの力が足りない。

 一旦退いて「鍾海」を構え直し、華倉はやや上方へ向けて飛び上がる。
 しかし、その時足に何かが引っ掛かった。

 縄か何かが張られていたかのような感触だった。
 しかし実際にはそれに足を絡め取られ、華倉は今度こそ引っ張られて落下する。

 頭上に陰が出来る。
 見上げるとこちらを覗き込む最鬼の姿があった。

「真鬼に使えるんなら、俺だって使えるわな」

 効力は保てないようだが、と最鬼は笑う。
 言いながら、最鬼の掌が華倉の頭を目掛けて振り下ろされる。

 あれに掴まれたら人間の頭など簡単に潰されてしまう、それくらいは華倉にも容易に想像出来た。

 何とか地面を這うように転げ回避したものの最鬼の動きは素早く、今度は手の代わりに足を出してくる。
 未だ立ち上がる隙を掴めない華倉を踏み潰す勢いだ。

「鍾海」を突き刺す真似くらいは出来ただろう。
 しかし今の最鬼にその程度でどれほどの影響を与えられるか。

 それでも逃げてばかりでは状況は悪化する一方。
 華倉は俯せの体勢から左腕だけで何とか上体を起こすと、右腕のみで力一杯「鍾海」を振り抜く。

 刺さったには刺さった。
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