小細工


 どうやら最鬼は精神体のままではまともに動けないらしい。

 その表情に今まで見たことのない「焦り」が浮かぶ様を、華倉は冷静に認識していた。
 ぼやけた輪郭が点滅するかのように、明瞭になったかと思えば次の瞬間には朧気に霞む。

 誰がそのことに気付いて華倉の思考となって現れたのかは、後になって考えてみても分からない。
 けれどその時は確かに理解出来ていた。

 最鬼は恐らく、こちらの推測通り「肉体」を新たに生成している途中だったのだ。
 現状はこうしてまだ精神体としての要素の方が大きいが、「鍾海」に手応えもあり、斬れば出血も見られる。
 その程度には新たな肉体を造り出せるようになっていた。

 しかしそれはまだ、もしかしたら着手したばかりなのかも知れない。

 内側から徐々に形を作り物質化を始めた折、最鬼はきっと鳳凰の存在に目を付けたのだ。
 自分で全てを造り出すよりも、この脆弱な聖獣の肉体を奪った方が楽に確実だと。

 だから機を待っていた。
 そうして最鬼は鳳凰が特別親しく思っていた紀久の声を真似て、鳳凰を術に掛けておびき寄せた。

 華倉がいなければきっと、鳳凰は呆気なく最鬼の手中に落ち、今頃。

 そこまで閊えることなくすらすらと脳裏に流れていた思考に、急にブレーキが掛かった。
 その先を想像することを華倉以外の誰かが拒否したのだろう。

 ああ、分かっている。

 華倉はその「誰か」を理解して、そうして独り言のように淡々と思う。
 俺がいて良かったとは言えない、けれど、こうして最鬼の悪意から避けることが出来たことには安堵している。

 そう、華倉は言い聞かす。
 その間も最鬼の姿を、はっきりとしないその姿を、気配で追い掛けながら。

 手応えのあるときには最鬼は声も漏らす。
 思い通りにいかなかったことに腹を立てているのだろうか。
 視界では捉えられているであろう獲物鳳凰の姿に、さっぱり近付けないことへの苛立ち。

 怒りで動きも大振りになっている気がして、華倉は不謹慎ながら闘いやすさすら覚えていた。

 不安定な輪郭を伝い流れる血は、最鬼が動けば動くほど周囲に飛び散っていく。
 血は既に生成が完了しているのか、止まることも見えなくなることもない。

 それは一種の違和感でもあった。
 幾ら鬼神とは言え、不完全な状態のままそんなに血を垂れ流していて平気なものなのか。

 華倉はそんな疑問を抱いた。
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