前提条件
「能力的にはまだ逢坂の方が上だな」
へばっている華倉を横目に、麒麟は湯呑みを口へ近付けながら呟く。
座卓に伏せていた顔を微妙に上げつつ、しかしどちらかと言えば麒麟のいる方へ向けるだけの動きを見せ、華倉は低い声色で応える。
「満身創痍に追い打ち掛けないでください……」
正直ここ数日、筋肉痛が酷くて堪えていた。
しかし麒麟と華倉との都合が合う時間が僅かなのは事実で、実際はその貴重な時間が見付かり次第稽古に向かう。
意識して休息を設けているとは言え、華倉が普通の人間であることは変わらない。
年齢も相俟って疲労が抜けにくく、筋肉痛は数日遅れて表れる。
フィジカル面も勿論だが、やはりメンタル面のショックは未だに慣れない。
一方の麒麟は飄々としていて、疲れなどというものを微塵も感じさせずにいた。
普段は稽古が終わればそのまま帰ってしまうのだが、今日はこうして居間に落ち着いて茶を飲んでいる。
稽古後の麒麟を観察することなど今までなかった。
この人全然疲れねぇんかい、と華倉は座卓に頬を付けた体勢で麒麟を眺めていた。
その麒麟の視線は、自分の向かいに座っている魅耶の方へ向けられていた。
というのも、他に来客があるからであった。
「それはどうなんですかね。仮に僕の戦闘能力が高いというのなら、それは九分九厘真鬼のものでしょうし」
魅耶はそう淡々と告げた。
冒頭の麒麟の呟きに対するものだった。
しかし華倉は今度は顔を逆に向け、魅耶の方を見ながら言う。
「でも魅耶案外力あるんだよね。重心ブレないじゃん?」
恐らく魅耶の体格は成人男性の平均より下である。
しかし、言い方は良くないかも知れないが、その見掛けによらず強さはあった。
「『鍾海』扱えてたのも事実だしさ。あの時闘ってたのは魅耶の方でしょ?」
今となっては理由が分からなくなってしまったが、初めて最鬼との戦闘になったとき、魅耶は彼自身の姿で「鍾海」を振るっていた。
そのことを言われ、魅耶は気まずそうに視線を逸らしながら、そんなこともしましたけど、と言葉を紡ぐ。
「それもやっぱり真鬼ですよ。あの頃はまだ僕の肉体を通しての方が、真鬼も動きやすかったんでしょう」
そう言いながら魅耶は視線を足元に落とす。
自分の膝を枕に寝たまま先刻からさっぱり動かないその男をちらりと見るように。
華倉さんは覚えてないでしょうけれど、と魅耶は視線を上げながら続ける。
「小学生の頃の僕は本当に鈍くさかったんですよ。ちょっと小突かれただけで派手に転んで怪我してよく泣いてましたし」
走るのも苦手だったし、と魅耶の述懐を聞いているうちに、華倉も幾つか思い出す。
そう言えばそんなこともあった。