同憂


 気付くといたのは見慣れぬ景色の中だった。
 広政はすぐに状況が呑み込めずに、暫しぽかんとしたまま突っ立っていた。

 可笑しい、自分は確か自宅にいて、自分の部屋へ戻る途中だったはずだ。
 そこまで思い出して、周りを確認しようとようやく首を動かす。

 しかしそんな広政を呼び止めるかのように、その声が届いた。

「広政くん」

 聞き覚えのある声だ。
 広政はその声色に安堵してしまい、表情を明るくして声のした方を振り向く。

 いたのは図書館のお姉さんに違いなかった。
 けれどその様相が異質なことに、広政は一瞬たじろいだ。

 お姉さんの顔だけだったのだ、その輪郭をまともに捉えることが出来たのは。

 残りの部位――手先や胴体、髪の先に至る全ての部分はぼんやりと輪郭がぼやけ、周囲を取り囲む不明瞭な背景に蕩け合うように滲んでいた。

 広政はさすがに警戒した。
 先程の安堵感もすっかり消え失せ、言葉も出せずにお姉さんを見るしかなかった。

 けれどお姉さんは戸惑う広政のことなど気にも留めず、久し振りねと笑顔で近付いて来る。
 どうやって近くに、この距離を詰めて来たのか、広政には理解出来ない動きだった。

 けれどお姉さんの手は、掌と思しき2つのそれが広政の頬を包み、柔らかな笑みを見せ付けるように固定する。

「元気だったかしら? 久々に顔が見たくなって会いに来ちゃったの」

 お姉さんは言う。

 その声は、どこからともなく聞こえて来る。
 恐らくお姉さんの口から放たれた音声ものではない、広政には何故かそう思えた。

 口は見えるのに、その口が動いているのは判るのに、声は別の方向から届いてくるのだ。

 はい、と広政は無感情のまま、お姉さんへ返事をする。
 お姉さんはそのまま喋るのを続けた。

「忙しかった仕事もそろそろ目処が付いたの。あとちょっとで仕上がるわ」
「そう、なんです……か?」

 広政は少しもお姉さんから視線を外すことなく話を聞く。
 それが当然のことのように思えたせいだ。

 この人の話を、聞いておかなければならない。

 そうよ、とお姉さんの口許が妖しく微笑んだ。

「あと少しよ。このまま、あの鬼神の邪魔がこれ以上入らなければ、あなた、が――」

 お姉さんが言い掛けたことは、きっと重要な内容だった。

 しかし広政はそれを聞くことが出来なかった。
 別の呼び声が、2人の間に割り込んだのだ。


「――さ! 広政!!」


 次に気付いたときには、広政は自宅の廊下に倒れ込んでいた。
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