忘命
「あんたこそどうやって入って来たの? そういうことするようには見えないけど」
ゆらり、と存在だけは感じ取れる黒髪を水中で靡かせるような動きを見せながら、白沢は静かに真鬼に訊いた。
真鬼も不本意ではあった。
けれど、広政を診た医師の話を信じるとするなら、白沢は外部から強制的に広政の意識に干渉し、その中へ潜り込んでいる。
恐らく広政が時間帯を問わず「突然眠ってしまう」のは、白沢による一時的な「意識の剥奪」。
その間に白沢は、広政に対して何か細工を施しているはずだ。
真鬼はそこまで推測した。
だからこそ今この機を見て、自身も広政の潜在意識へと侵入した。
長くは保たない。
本来ならば鬼神とは言え、生身の人間への干渉は許される行為ではない。
そこは同等の存在である、聖獣もまた。
「お前がいなければこんなことはしない。正直に答えろ、広政に何をした?」
真鬼が一歩、また一歩と白沢に近寄って行く。
けれどその距離が埋まる様子は見られなかった。
白沢の姿もまた、1ヵ所に留まっているわけではないからだ。
そもそも“ここ”は物理的な限界――高さや奥行きなどが必要のない空間だ。
白沢はそこにいるようで、実はここにはいない。
それは決して歓迎すべき状態ではない。
広政と明確に区別された状態を保つ真鬼と比べ、白沢はだいぶ広政との「同化」が進行しているとも言えるためだ。
「殺すつもりか、広政を」
手荒な手段も辞さないのは本心だ。
だが、この場でそんな粗暴な振る舞いは出来ない。
真鬼は至って冷静に、感情を乗せないように1つずつ言葉を吐き出す。
そんな慎重な真鬼の問い掛けに、白沢は鼻で笑う。
「誰がそんな勿体無いことするものですか。残念ながら逆よ、逆」
「……逆?」
何故かすぐには理解が出来ず、真鬼は眉を顰めて言葉を繰り返した。
殺すの逆、ではないだろう、広政はまだ生きている。