アプローチ
――やっぱり気付かれちゃったか。
彼女は閉じた目をそのままに、口許を微かに歪めた。
あの鬼の傍らでは自分の力は満足に使えない。
彼女にとってもこの少年と顔を合わせての再会は心弾ませるものだった。
出来れば直接接したいところだが、この状況では間違いなくあの鬼に全て気付かれる。
仕方ない、今回は「別人」で向かうか。
不本意ながら彼女はそう判断すると、その時一番近くにいた見知らぬ女性に向かって手を伸ばした。
***
ぐるりと図書館内を一周したが、お姉さんの姿はなかった。
今日は来ない日なのかも知れない、と広政は目に見えて残念そうに肩を落とす。
図書館で出会って、個人的に本を貸し借りする間柄の知人。
広政が毎週図書館通いをするのには、純粋な本の虫である以外にも理由があったことを、真鬼はこの時初めて知った。
友人が出来るほど通い詰めていることもだが、いるかどうかも分からないのに来ようとするほどの相手とはどんな人物なのか。
真鬼は純粋に、その相手というものに関心を抱いていた。
いなさそう、としょんぼりしながら、広政はそれでもいつものようにお気に入りのジャンルの書籍が並ぶ棚へ向かう。
宗教、神話、民族文化等々の単語が順番に表記されている。
「お前、何故こんな分野に興味が」
動揺のような驚きを伴った複雑な表情を浮かべながら、真鬼は前を歩く広政に呟く。
広政が「このようなジャンル」の本を読んでいること自体は把握していた。
しかし実際に広政が自分で本を選んでいる場面を目の当たりにしたことはない。
こうやって傍から見ていると、何とも言えない違和感を覚える。
菱人が遠ざけたくなる気持ちが何故かこの時、真鬼にもほんの僅かだが理解出来てしまった。
「んー、そう言われてもちょっと説明が……。でも知ってくことは楽しいんだよ。僕が知らなくても確かに存在した世界のことだから」
どこまで本当かは分からないけど、と広政は笑う。
そんな広政の返答に真鬼がつい黙ってしまったタイミングだった。
す、と1人の女性が広政に近付いてきたのだ。
「篠宮広政くんね?」
突然見知らぬ女性に名前を呼ばれ、広政はうっかり大きめの声で応答してしまう。
真鬼もそれに警戒するように女性に視線を固定する。
一見はただの人間のようだ。
女性はにこりと笑い、自分に害はないぞというアピールを押し出しながら続ける。