憂える
ナルコレプシーとは日中強い眠気に襲われて、短時間ではあるが何度も眠り込んでしまう過眠症のことである。
今は原因も分かっており、治療することが出来る。
しかし広政はナルコレプシーには該当しなかった。
精密検査の結果であるその判断を受け、菱人と容子はまずは安堵の表情を浮かべる。
しかし担当した医師の表情は芳しくない。
ここからが本題なのですが、とあくまで落ち着いた声色で話を続ける。
「この検査の最中広政くんは一度だけ確かに寝落ちたんです。説明したいこともあったのですぐに起こそうと思ったのですが……その時のデータがこちらです」
そう言いながら医師は手元のタブレットを操作し、デスク上の大型液晶画面に同じものを表示する。
勿論素人である菱人と容子には、見ただけでは何の情報を示すものなのか分からない。
医師は簡単にグラフの見方を説明すると、一ヵ所を指して続けた。
「寝落ちた時の広政くんの脳の活動量が、ここで明らかに減少しているんです。睡眠時でも脳は普通活動を続けています。これはどちらかと言うと、気絶の状態に近いです」
気絶、と容子の掠れた声が零れた。
医師は目を伏せ、このグラフだけでは断言は出来ないことを断った上で告げる。
「広政くんは寝てしまうのではなく、突然、1日に何度も失神している可能性があります」
さすがに言葉が出なかった。
菱人も黙り込み、容子は咄嗟に両手で口許を覆った。
ひょっとしたら他に隠れた病状があるのかも知れないと考えた医師は、追加で出来る検査も行ったが、現在の結果では身体的異状は見付からなかった。
「出来れば再度、日を改めて脳の検査等受けられることをお勧めします。うちでも出来ますけれど、より精度の高い検査をお望みでしたら、紹介出来るところもありますので」
医師はそう、今回の検査についての報告を締め括った。
ナルコレプシーではなかったものの、現実はそれ以上に酷いものなのかも知れない。
菱人は足元に視線を落とし、膝の上で強く握り拳を作っていた。
いずれにせよ、日中所構わず意識を失うこの状況は危ない。
前兆も見られず、広政は自分が寝ていたことにすら気付かない時もあるという。
知らないうちに傷を作ることもある、場所が悪ければ頭を打つこともある。
息子さんの行動には充分気を付けて注意してあげてください、医師はそう柔らかい声で締めた。
頷くしか出来ない容子に代わり、菱人は医師をまっすぐ見詰めて礼を述べた。
お大事に、という医師の言葉を背中に受けながら、2人して診察室を出る。
広政が真鬼と一緒に待っている待合室まで歩く途中、容子の手が、心細そうに菱人の小指を掴む。