当惑


「聖獣は私と鳳凰様の他にもう1体いる。それが白沢はくたくだ」

 向かいに腰を落ち着けて暫く黙り込んだ後、麒麟が静かに話し始める。

 その視線の先には、座卓に畳まれて置かれている鳳凰の襦袢の端切はぎれがあった。
 華倉の怪我を止血させるために鳳凰自らが破ったものだ。

「元々あまりそりが合うわけではなかった。三聖獣という括りとはいえ、関わり合う立場でもなかったから、私も気にも留めていなかった」

 共通の仕事があるわけでもない、たまに顔を合わせる機会が有る程度だった。

 しかし、事の起こりは突如として襲い掛かる。

「白沢が襲撃に遭ったのだそうだ。私が見たわけではないから詳細は不明だが……鳳凰様は咄嗟に庇って深手を負ったのだ」

 思い返せば、白沢がそう簡単に死ぬような状況に遭遇するとは考えにくい。
 麒麟はそう何度か思案することがあった。

 けれどもそれを鳳凰にも、ましてや白沢にも未だ打ち明けることすら出来ずにいる。

「その時の傷のせいで、鳳凰様は聖獣としての能力をほぼ失った状態だ。可笑しな話ではあるが、私にも治すことが出来ていない」

 けれどその状態でも生きてはいける。
 聖獣としての存在意義を喪失したに等しい鳳凰は、見るに忍びない様子だった。

 自死の心配はなかったとは言え、独りにしておくわけにはならず、麒麟は世話役を申し出る。

「それがざっと今から1000年ほど前の話になる」
「お、おお……」

 麒麟の話を真剣に聞いていたが故、そんなスケールの大きな単位が急に出て来たことに、華倉は思わず驚いて動揺した。
 1000年、とツッコミのつもりで繰り返す華倉の隣からは、何かを探るような声色で訊ねる魅耶の声がした。

「それは、憂巫女と何か関係するものですか?」

 現時点での基本的認識は、憂巫女と聖獣とは「接点がないもの」だ。
 しかし聖獣を殺そうと狙うような存在と考えると、相手は人間ではない可能性は十二分にある。

 しかし麒麟はすぐに否定し、手短に説明する。

「少なくとも憂巫女に関わるものではない。鳳凰様が砂蔵さくら殿と出逢ったのはその何百年も後のことだ」

 事実、聖獣と憂巫女が関わったのは、先にも後にもその1度だけなのだ。
 砂蔵の名前が出たことに、華倉の表情がやや強張ってしまう。

 今も能力が戻っていないということは、鳳凰は砂蔵と共に過ごしていた頃も同じだったはずだ。
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