間髪を容れず


 気付くと周囲が妙に静まり返っている。
 恐る恐る腕の防御を解き、顔を上げてみた。

 傍には人影があった。
 その人影はどうやら華倉を庇うようにして視界を覆っている。

 派手な朱の髪色に、華美な刺繍が施された着物。

「鳳凰……!」

 相手が誰なのかに気付き、華倉が驚いて声を上げる。
 鳳凰は華倉の肩を抱いていた腕を解き、怪我はないか、と訊ねて来た。

 突然の状況が理解出来ず困惑している華倉と一緒に、鳳凰は地面に降り立った。
 どうやら華倉は鳳凰に抱えられ、危うかったあの場所から救い出されたようだ。

 ようやく足元に感触が戻り、華倉は急に深く呼吸を繰り返した。
 腰を掴んでいたらしい鳳凰の腕も離れると同時に、華倉は自分の腕の傷口を確認する。

 じんわりと血の滲む数本の筋が浮き上がっていた。
 ハンカチ、と華倉は自分のポケットをまさぐるが、こういうときに限って何も入っていない。

 焦りで手元が震える。

 すると華倉の視界から外れた方向から、布を裂く鈍い音が聞こえた。
 顔を上げる華倉の正面に差し出されていたのは、鳳凰自身が着ていた襦袢を切り裂いた端切はぎれだ。

「早く隠せ。そろそろ気付かれる」

 口数は最小限だったが、何を意味するのかは華倉にも充分に伝わった。
 傷口を覆い隠すように端切れを腕に巻き、これ以上流血がないよう押さえ付ける。

 冷静さを取り戻した華倉は、周囲の光景に見覚えがあることを思い出す。
 どうやらここは鳳凰が作り出した「異空間」の中のようだ。

 しかし「異空間」に逃げ込むほどに、危ない状況だったのだろうか。
 そのことを確かめようと鳳凰の背中に向かって口を開き掛けた華倉だが、突然の禍々しい殺気に全身を貫かれる感覚を抱く。

 背後からの衝撃に華倉は何とか応戦した。

 その暴風のような風圧と「鍾海」の刃が見事にぶつかり合う。
 強さが同等だったせいか互いに跳ね返して、反動で華倉は持ち堪え切れずに飛ばされた。
 それを受け止めようとした鳳凰と一緒に。

 鳳凰の背中がブロック塀に受け身も取れずに衝突する。
 華倉にもその衝撃が充分に伝わって来た。

 背後で咳き込む声。
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