ominous
「結果が出たぞ」
真鬼のその声に顔を上げ、華倉は一度作業を止めようと手を下ろす。
しかし真鬼はそんな華倉を視線で制止し、そのまま聞いてくれと続けた。
華倉が返事をするために口から懐紙を外そうと思った手を、結局移動させることはなかった。
華倉は打粉を拭ったところだった。
これから丁子油を塗布するらしい華倉の斜め前辺りに腰を下ろし、真鬼は解析が済んだばかりのその結果を伝える。
「今回『鍾海』に付着していたのは確かに妖怪のもので違いない。しかし全て下級存在のもので、最鬼どころか個体で判断が可能なものは検出されなかった」
油紙に丁子油を染み込ませるため伏し目がちになっていたものの、華倉の意識は真鬼の声に集中していた。
最鬼どころか、それに近いような力を持つものでもなかったのか。
真鬼が持ってきてくれた結果を受け、華倉は黙ったまま眉を顰ませた。
確かに、華倉自身がその目で見ていた光景から判断するのなら、この結果に何ら不思議はない。
華倉が斬った相手がそれら下級妖怪たちだったからだ。
しかし事が片付いた後の「違和感」と、厳しい表情をした魅耶のあの呟き。
華倉は今日「鍾海」の手入れをするついでに、付着したままだった妖怪たちの血液分析を頼みに篠宮本家に赴いていた。
以前最鬼の精神(なかみ)を保管していた半地下の部屋は、あれから修理をして再び使用可能になっている。
菱人が言うには、瀧崎家で最鬼の肉体(そとみ)を処分する際に訪れたとき、最鬼の肉体(そとみ)に関する一通りのデータも一緒に譲り受けて来たらしい。
今回はそのデータと照らし合わせる形で、あの下級妖怪だと思って斬った相手の中に最鬼に近い存在が混じっていなかったかどうかを調べてもらった。
生憎菱人は不在だったが、真鬼にもデータ分析は可能だった。
1時間くらいで結果が出るとのことだったため、華倉は菱人の書斎でもある執務室を借りて「鍾海」の手入れを行っていた。
下級妖怪たちの血液は凝固が早く、それでいて落ちにくかった。
何度も血液と古い油を拭い取り、その都度刃毀れがないか等を注意深く見ていった。
そんな手応えは感じられなかったため研ぎ直すほどではないだろうとは思いつつも、相手が万が一「鬼神」だった場合はその可能性は捨て切れない。
打粉を打ち、拭い紙を挟んで掌で刀身をしかと包む。
丁寧、というよりは慎重になりすぎていたのだろう、気付いた頃にはだいぶ時間が経っていた。
真鬼の作業が思ったよりも早く済んだと言える部分もあるのかも知れないが。