置き土産
「そう言えば」
古新聞の束を一纏めにしている時、ふと思い出した勢いで声が洩れた。
そんな俺の声に気付き、どうかしましたか、と律儀に魅耶が訊ねて来る。
一点を見詰めて手を止めていた俺は、その声に我に返ると、うん、と軽く呼応するように頷いてから顔を上げる。
「魅耶、以前此処の歴代当主の手記読んだって言ってたじゃん?」
まだ最鬼の件が本格的に問題になる前のことだった。
この辺は、2体の鬼神と行動を共にしていた「化け蜘蛛」の縄張りだったと。
魅耶は俺の話を受け、そうですね、と反応した。
「その手記っての、どこで見付けたの?」
先代たちの遺した手記なんてものがあったとは、俺は何も聞いてなかったからだ。
代替わりの時、政春さんから此処にある物の説明は一通り受けたし、何度か大掃除もしてるから開けてない場所はなかったと思うんだけど。
不思議に思う俺に対し、魅耶は何故か視線を逸らしている。
紙紐を雑に結んで、こちらの手元を空けてから、俺はやや離れて作業している魅耶に近付く。
ねぇ、と再度訊ねると、魅耶は黙って頷く。
どゆこと?
「実はですね」
魅耶は自分の作業を一旦止めて、静かに立ち上がった。
それから、最近あまり寄り付かなくなっていた奥の間に入っていく。
暫く中まで進んで、音もなく足を止めると、こちらです、と魅耶は天井を指差した。
そこには特に何もない。
天井裏にあったの、と言葉にして確認する俺に、魅耶は縦に首を振る。
しかし、単純に天井裏にしまわれていた、というわけではないようで。
「……まだ座敷童子の皆がいた頃のことなんですが。どうやら彼ら、その手記に悪戯して汚していたらしくてですね。それがバレないように隠していたんだそうで」
「えぇ……?」
僕も偶然見付けたんですよ、と魅耶は苦笑を浮かべた。
そういうこと。
気になって避けてしまっていた存在の話を聞いて、そこには淋しさとちょっとした可笑しさが同時に込み上がってきた。
「汚したと言っても、可読不能になるようなものではなかったようなので……特に注意もしませんでしたが」
そう話を続けながら、魅耶は隣の部屋へ一旦入って、何かを抱えて戻ってくる。
魅耶の両腕に収まるサイズのその段ボールの中には、何冊かの古くさい冊子。
「……これ?」
薄暗い屋内で、俺は段ボールの中を覗き込む。
魅耶は短く返事をして、これ全部です、と答えた。
俺が思ったよりも数が遺されていた。
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