やり直しの一歩目
「引っ越し、ですか?」
事務所に入るなり目に飛び込んできた段ボールの山にビビっていた俺に、その陰から舜さんが顔を覗かせて教えてくれた。
昨夜までは引っ越しの話はおろか、そんな素振りすら無かったと言うのに。
舜さんは戸棚に並んでいるファイルを適当に掴み、そのまま雑に段ボールに放り込んでいく。
「暢洋さんから引き継いだ仕事をするにはもう少し街の方へ出る必要がある。だからここは引き払うんだ」
お前も早く取り掛かれ、と舜さんは俺を見ずに指示する。
しかしやみくもに荷物をしまっていくわけにはと困惑する俺に、舜さんは面倒そうに一度手を止め、言い聞かせるように告げる。
「ここの荷物は全部持ち出す。その殆どは最終的には焼却処分だが、何一つ残していくわけにはいかないんだ」
そう、舜さんは真剣な眼差しで俺を捉えた。
何一つ。
俺はそれを聞いてようやく理解して、気分を切り替えるつもりで返事をした。
取り敢えず近くの雑貨類を段ボールに放り込み始める。
このビルは、俺達が引き払った後取り壊すらしい。
本当に何も、全部綺麗にしてしまうんだな。
「こんなところでも、やっぱり証拠残ってると危ないんですか?」
バサバサと書類の束を落とす音に混ぜて、俺は舜さんに訊いた。
こんな奥まった路地裏。
住宅街からも少し離れている。
けれど舜さんは強く頷いて見せて、場所は関係ない、と答える。
「暢洋さんが居たという痕跡そのものが危険なんだ。あの人は世間的に見れば、やはり悪人であることに違いはない」
舜さんのその言い方はとても淡白だったけれど、言葉の重みは真逆だった。
やっぱり、あの人は悪人……か。
それは俺でも思う。
あの人のしていることを善悪で判断するなら、間違いなく「悪」だろう。
けれど俺たちはその「悪」に、優しく、救われてしまったこともまた事実だ。
舜さんは荷物を放り込む手を止めずに、新居で改めて説明するが、と話を続ける。
「暢洋さんのしていた仕事の半分を俺が引き継いだ。俺は新たに作った戸籍の人間として事業に取り組む。お前には、俺の秘書として働いてもらう」
淡々とした口調は相変わらず。
でもその舜さんの口から正式に、俺を傍に置いてくれる旨が出たことに、俺はうっかり笑顔になった。
ほんとですか、と声まで明るくして訊き返す俺に、舜さんは一瞬だけ視線を寄越したけど、すぐに戻して、ああ、という呼応だけした。
新たに作った戸籍。