分岐
それは舜さんに頼まれてお使いに出ている時だった。
店は行き付けの雑貨屋だったし、特に変わった様子もなかった。
俺もすっかり店主のおじさんとは顔馴染みになって、その日も世間話に興じていた。
話題が1つ済んだところで切り上げる。
俺はその時まだ気付いていなかった。
店に入ったところから、俺を監視し続けている人物がいたことに。
店を出て事務所に帰ろうと歩き出した俺の前に、1人の女性が立ち塞がる。
その顔を見て息を呑んだ。
「真幸(まさき)」
女性は落ち着いた声色でそう呼んだ。
けれど俺は嫌でも分かってしまう、その奥に抑え込んでいるマグマのような感情。
俺を殴る直前この人はいつもこんな風に俺を呼び付けていた。
「何処行ってたの? 捜したじゃないの。さぁ、帰るわよ」
俺にそう静かに告げる声は震えていた。
今にも声を張り上げて怒鳴り付けたい衝動を必死で抑え込んでいるから。
拒絶するように首を横に何度も振って見せるが、相手は全く取り合ってくれない。
逃げなければと頭では分かっているのに、身体の方はさっぱり動こうとしなかった。
完全に足がすくんでしまっている。
この人の支配からは逃げられるはずがないと、とうの昔に学習してしまった俺では。
「返事をなさい真幸(まさき)!!」
とうとうそう叫ぶように叱り付け、俺の腕を荒々しく掴もうとしてきた。
が、その手は俺に触れる前に動きを止める。
俺には何の痛みもなかった。
「俺の連れに何か?」
反射的に閉じてしまっていた目を開けるとそこには舜さんがいた。
掴み掛かろうとしていた相手の手を、逆に掴んで止めに入ってくれたらしい。
茫然としたまま舜さんの横顔を眺める。
しかし相手は邪魔されたことに一層不機嫌になり、舜さんの手を力任せに払い除ける。
「その子は私の子なの! 家出して数ヵ月間行方不明だったのを今見付けたの。だから一緒に帰るところよ」
堂々とされた説明。