「  」のため


 探し物を頼まれていたはずだった。

 このビルの3階はワンフロア丸々倉庫として使われていた。
 十数分前、事務所にフラっと現れた暢洋さんが俺を見てやおら一言『上の倉庫からファイルを取ってきてくれるかな?』。
 何のファイルかの指示はなく、右から何番目の棚の上から何段目にある、とかいう表現だった。

 教えられた通りの場所に着いたものの、そこには何も置かれていなかった。
 聞き間違えたのかな、と暫し考えて、でも確認しに行った方がいいと判断した頃だった。

 ドアが開いて、暢洋さんが入ってきた。

 ファイル無さそうですと俺が報告するより先に、暢洋さんはしれっとした表情で言ってのける。
『無かったでしょ?』って。

 どういうことだ、とまだ理解出来ない俺に近付き、暢洋さんは俺の頭をなでなでする。
 そのまま、とても自然に、顔を寄せた。

 薄暗い室内、死角の多い場所、人の寄り付かない倉庫で。
 優しく、何度か軽いキスの後、暢洋さんは俺を両腕の中に捕らえる。
 ここまでされなきゃ全然気付けなかった。

 俺は誘われたのだ。

「ん……は、っぁ」

 気が付けば背中には壁。
 暢洋さんの左腕に腰をしっかりと掴まれて、完全に閉じ込められた。

 キスはとっくに激しさを増していて、俺は不本意ながらも暢洋さんにしがみつくことになる。
 執拗に追ってくる舌先。
 息を吸おうと口を開けてるのに、それを塞ぐ形で舌と唾液を押し込まれる。

 ちょ、っと、待っ……。

 情けない話なんだけど、暢洋さんにこういうことされると、本気で立っているのもしんどくなる。
 もう既に1度懐柔されているせいなのか、警戒心もさることながら、全部のガードを解いてしまう自分がいる。

「あ、あの……っ、」

 何とか呼吸を確保して、ちょっと離れていく暢洋さんの顔を見詰める。
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