宿題


「あ~疲れた~お前ほんと癒される~」
「にーちゃん邪魔なんだけど」

 今日も俺はにーちゃんのお膝に座って宿題をしているところなんだけど。
 そんなにーちゃん、今日はやたらと触って来る。

 とりあえず俺の身体をぎゅーっとして、それから猫とかが匂いこすりつけるみたいに、顔をぐりぐりしてくる。
 同時に俺のお腹とか太ももとかをわさわさわさー、って。

 なに?

 別に抱っこされるのは嫌じゃないし、むしろ安心感あって嬉しいし好きなんだけど。
 いや、でもこんな風に至るところをわさわさ撫でられるのは……つらい。

「くすぐったいからやめてー」

 当然のように服の中へ手を入れて、直接地肌を這うにーちゃんの手。
 え~、と珍しく駄々をこねながら、にーちゃんは顔を上げた。

「いいじゃんちょっとだけ。気が済んだらやめるから」
「それ待ってたら俺の宿題が終わんないの!」

 具体的にいつ終わるのかも分からないし、そもそもそれ気が済むのかという疑問がある。
 そういう意味では、にーちゃんの言葉は素直に信用ならない……。

 俺の小さい肩に顔を伏せて、うー、と唸るような息を吐くにーちゃん。
 もう一度ぎゅうと俺を抱っこする腕に力を入れ直して、大きく溜め息。

 一旦動きが止まった。

 もう、とやや不機嫌なまま、俺は机の上の宿題に戻る。
 どこまで解いたっけ?
 漢字ドリルと自分のノートを見比べて、書き終えた漢字を探す。

「……宿題は無意味だって某メンタリストが言ってた」

 にーちゃん、唐突にそんな発言をしてきた。
 はぁ、と反応する俺に、にーちゃんは顔を上げ、顎を肩に載せる体勢で俺を見る。

「俺も、宿題なんかやらなくても勉強は成り立つし、力にもなると思う。だからお前が今それをやる必要はないぞ」

 だから遊べ、とのことだった。

 そんなこと言われても。

「それはにーちゃんの我儘じゃんか~。俺には事実ここに出された宿題があるの! これをやって出さないと現に中庭掃除させられるんだよ?」
「……何だよ小学校ってまだそんな昭和的指導してんのか?」

 昭和が何だか知らないけど、そういうルールになってるんだもん仕方ないじゃん。
 と、俺は鉛筆を持ったまま握り拳を作ってにーちゃんに怒って見せた。

 それでも尚にーちゃんは、俺にぎゅうとくっついたまま、えー、とか言って来る。
 遊んでぇ~と俺の方へ体重を載せながら、またも顔をぐりぐりしてきた。

 何なの今日。

「何なのにーちゃん、今日変だよ?」

 俺は鉛筆をノートの上に置いて、結局半身だけにーちゃんの方へ向き直った。

 やっとこっち見たー、とちょっと嬉しそうに笑うにーちゃん。
 でも、やることは相変わらず、今度は正面からしっかり抱っこされるになっただけだった。

「は~……お前の匂い好き~……ほんと癒される」
「やめてよにーちゃん。俺くさくないよ!」

 俺の首元に鼻を近付けて、すーはーすーはーしながらにーちゃんが言う。
 何か恥ずかしいというか怖いというか、複雑な気持ちになりながら、俺はそう反論する。

 俺から何のにおいがするっていうの! とちょっと怒ってしまった。
 にーちゃんはそんな俺の頭を優しく叩いて、そういうんじゃなくて、と続ける。

「お前に纏ってる優しさとか、俺への好きって気持ちとか、そういうのを匂いって言ってるだけ」

 なんて。
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