洗ってもらう
「にーちゃん。お風呂一緒に来て」
来てくれたばかりのにーちゃんに対し、俺は最初にそう言っておいた。
にーちゃんは勿論驚いたようで、目を丸くして俺を見返していた。
「珍しいな。風呂は断固としてひとりで入る派のお前が」
そう返してくるにーちゃんには悪いんだけど、そういう意味なんかではない。
俺はこれからも風呂はひとりで入りたい派である。
でも今日は、ちょっと事情が違う。
「指切っちゃったから、頭洗えないんだよ」
そう言いながら、俺はようやく、背中に隠していた左手をにーちゃんに見せた。
人差し指に丁寧に巻かれた包帯を見て、うわ、とにーちゃんが小さく叫ぶ。
「お前どうしたのこれ?」
大した怪我じゃん、と俺の腕を優しく掴んで、まじまじと包帯を見詰める。
俺はうん、と返事をすると、今日の事のあらましを伝えた。
今日の午前中、図工の時間に彫刻刀を使っていたんだけど。
つい隣の席の友達との会話が楽しくなって、ふざけて笑ってたら、手が滑ってザックリ。
俺と友達とが同時に叫んだものだから、すぐに先生も気付いてくれたからよかったけど。
「結構傷深くて、結局病院で3針縫っちゃった」
「うわ~……」
俺の話を全部聞いて、にーちゃんは納得してくれたように頷いて見せた。
勿論先生には怒られたし(友達も一緒に)、寝てたお母さんを起こして呼び出す羽目になっちゃったし、俺自身も暫くは左手が自由に使えないし。
まぁ、自分が悪いんだけど、こんな目に遭うとは普通思わないじゃん。
誰に文句を言うことも出来ず、俺は黙って唇を尖らせていた。
そんな俺の頭を、わしわし、と撫でるにーちゃんの手。
にーちゃんを見ると、その顔はちょっと不安そうだけど、笑っていた。
「そいで、今日はもう夕飯済んだ?」
にーちゃんは気が済むまで俺の頭を撫でた後、すっと立ち上がって訊いて来た。
うん、と頷き、俺は病院から帰って来て、にーちゃんが来るまでの話をする。
「俺今日は早退して来ちゃったから、折角だからお母さんとご飯食べて、その時にーちゃんに来てもらえってお母さんが」
そう、とにーちゃんは部屋の中をぐるりを見回した。
にーちゃんは俺ん家にはあまり来ない。
何度か来てるは来てるけど、うちはお母さんの仕事は夜からだから、会わないことの方が多い。
今日ももう出掛けちゃったよ、とにーちゃんに言うと、にーちゃんは黙ったまま数回頷いた。
「じゃーそのまま風呂にするか。服は脱げるか?」
「うー、多分出来る」
それくらいは、と言いつつ、風呂場に向かう。
その前に、と、にーちゃんがひとつ訊いてくる。
「使い捨てのビニール手袋はあるか?」
にーちゃんの言葉に、何で、となった。