構われたい。


 にーちゃんが唯一俺を構ってくれないときがある。
 それは読書をしているときだ。

 今日はにーちゃん家にお泊まりの日なんだけど……。
 俺が風呂から上がって来たとき、既ににーちゃんは読書を始めていた。
 今日は文庫本のようだ。

 にーちゃん出たよー、と俺が声を掛けつつ傍まで近寄ってみるものの、おう、と視線すら動かさずに一言だけ。
 こういうとき、本当に会話が成り立たなくなる。

 それはもう過去何度も同じパターンを繰り返して来たから、俺だって学習してる。
 でも、何かやだ、なのも事実なんだよな。

「にーちゃんも早く入んなよ」

 ちょこんとにーちゃんの隣に座り込んで、にーちゃんにそう告げる。
 でもやっぱりにーちゃんの返事は、おう、だけ。
 ぱら、とページをめくる音の方が大きい。

 何読んでるんだろう。

 今はもう、そう思うだけで、何読んでるの、って訊くこともしなくなった。
 一度も答えてもらったこともないし、第一、俺にはまだよく分からない内容なのが明白だから。

 しゅれでんがーのねこ? だとか何だとか、そんな文字の並びが目に付いたとき、まだ俺には太刀打ち出来ないなと思ったもんだ。

 俺が喋らないと、本当に静かになってしまう。
 にーちゃんは勿論喋らないもん。
 ただ黙々と、真剣な顔で、本と向き合い続けてる。

 ……むう。

「そうだ、にーちゃん。今週ね、俺自転車乗っててコケちゃってね」
「おう」

 黙っていればいいのは分かってるんだけど、やっぱりにーちゃんが構ってくれないことが嫌で、適当に話し掛けてみる。
 内容はまぁまぁ嘘なんだけど、それにしてもにーちゃん……やっぱり、おう、しか言わない。

 どこでツッコミが入るかな、とドキドキしながら話を続ける。

「坂道下ってる途中で、何かに乗り上げたみたいに自転車ごとがっくーんってなってね、慌ててブレーキ掛けたら転んじゃって」
「おう」
「……膝擦りむいたのは痛かったけど、通りがかった近所のおばちゃんが助けてくれてね。どうしたのって訊かれたから、一緒に自転車見てみたら、パンクがタイヤしちゃってて」
「おう」

 ……言い間違えにも気付かない。
 何だ、パンクがタイヤするって。

 言い直そうかと考えたけど、にーちゃんからのツッコミも入らないので、そのまま続けることにする。

「おばちゃんが近くの自転車屋さんまで連れてってくれて、1週間くらい自転車預けることになったの。で、明日そのおばちゃんのとこに、お母さんとお礼しに行くの」
「おう」

 俺がこの話をしている間に、にーちゃんは4ページほど読み進めた。
 ……全く俺の方は見てくれない……。

 とうとう我慢したくなくなった。

「にーちゃんっっ!!!」
「っ、ぅわぁっっ?!?」

 俺はぱっと立ち上がると、にーちゃんの足元から、本を持っている腕の中を通り、にーちゃんの目の前に顔を突き出した。
 にーちゃん、これにはさすがに気付いて、というかびっくりして、大声を出した。

「え、何だよ急に……」
「にーちゃん俺の話聞いてた!?」

 本当に不思議そうに俺を見て来るので、俺はちょっとキレながらそう訴える。
 にーちゃんの方へ凭れ掛かるように、ずずずいと顔を今以上に近付けながら。

「さっきの俺の話聞いてどう思ったか教えて!!」
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