好きな場所



 嫌だ。

 何に対する思いなのかまでははっきりしないのだけど、自分が強くそう感じたことは確かだった。

 嫌だ。
 やめて。

 何かに怯えて、その何かから必死に逃げ出そうともがいている自分がいた。

 周りは闇に包まれているようで、何も明確な姿形をしたものはないみたいだった。

 嫌だ。

 追い掛けられているらしい、俺は背後に迫って来る「それ」に捕まらないように、ひたすら前に進んでいた。

 足が縺れて、何かに絡み付かれて、転びそうになって。
 バランスを崩しながらも、立ち止まることもせずに前へ、何とか前へ。

 追い掛けてくる「それ」が速度を上げた、ように思えた。
 俺に覆い被さるように、目の前を塞ぐように、勢いよく大きな影が回り込む。

 嫌だ。


「――やめてよぉぉ……っ……!!」


 とうとう恐怖に囚われた俺は、力の許す限りの大きな声で叫んだ。





「……、おい、しょう!」

 一瞬音も闇も消えて、細長く横に伸びるぼやけた光が見えた。
 それは俺が目を開いたから見えた光景だった。

 聞き慣れたにーちゃんの声がどんどん大きくなる。
 俺はようやく目を覚まし、こちらを覗き込むにーちゃんの顔を捉える。

「晶、どうした? 魘されてたぞ」

 心配そうに俺を見て、にーちゃんの手が俺の頬に触れる。
 どうやら涙を拭っているようだった。

 自分では気付かなかったけど、泣いていたらしい。

 ぼんやりした意識でにーちゃんの顔を眺め、俺の名前を呼んでくれるにーちゃんの声を何度か聞いた後、急に先程の恐怖心が甦って来た。

「っ、にーちゃぁああぁあん……っ」

 ぶわー、と大量の涙が溢れ返って、俺は声を上げて泣き出した。

 にーちゃんはぎょっとしたようだったけど、すぐに俺を起こして、そのまま抱っこしてくれた。
 左手で俺の背中をぎゅうと抱えて、右手で俺の頭を優しく撫でてくれる。
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