イチオシ


 俯いたまま黙っている俺に寄越される、控えめな視線。
 真平(まひら)がさっきから俺の様子を窺っているのだ。

 分かってる。
 俺が落ち込んでいること、心配してくれてるんだ。
 それは承知だ。
 でも、俺は黙ったままでいた。

「咲加(さきか)~? 今日元気なくね?」

 机の傍でしゃがみ込んで、真平が俺の顔を下から覗き込むように見上げる。
 そりゃ勿論、元気ないっすわ。
 と心の中で肯定しつつも、口先では、いや、と否定する。
 こんなことで動揺するわけにもいかないのになぁ、と自分に言い聞かせながら。

 しかし真平は退かず、立ち上がって俺の向かいに座ると、ずいと前のめりになった。

「咲加。悩みがあるなら言って。俺、そんな哀しそうな咲加を見てられそうにない」
「真平……」

 うっかりときめいた。
 何だ、こいつこんなカッコいいことも言えるのか……。
 普段ちゃらんぽらん過ぎて、完全に阿呆認識してた。

 でもそうだな、本当に真平がどうしようもない阿呆だったら、俺は今付き合ってないか。

 ふう、と溜め息を吐き、有り難う、とお礼を呟く。

「こんなこと、真平に話すことじゃないと思ってたけど……聞いてくれるか?」

 俺はそう、憂いた瞳をふっと上げて、真平を捉えた。
 真平は急に姿勢を正し、おう、と身構える。

 ああ、緊張する。
 だって俺だって、未だに信じたくない出来事なんだから。

「……ハラペコチワワ。から、鞠威(まりい)さんが脱退したんだ……」
「……ん??」

 口に出してしまったら、もう、撤回出来ないと分かっているのに。

 ぐ、と悔しさと絶望に打ちひしがれる俺。
 しかし、真平からの反応はない。
 そうだよな……真平だってどうしていいか分からないよな。
 だって。

「……何、それ? え、誰?」

 頭に沢山のクエスチョンマークを浮かべながら、真平が訊ねて来た。
 それに対して俺、ん、と目を細める。
 ……ああ、言ってなかったっけ。

「えっと、俺がハマってるバンド。それのヴォーカルが鞠威さんっていうんだけど」

 けど。
 自分で冷静に説明していて、急に寂しさが込み上げてきた。

 昨日の、ツイッターから流れて来た、予想外の報告。
 ハラペコチワワ。のヴォーカル、鞠威が正式に脱退を発表した。
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