The reason that he's cross


「咲加(さきか)さぁ、いつまで俺のこと名字呼びすんの?」

 改まって真剣な目付きで、何を言い出すと思ったら。

 俺はクレープを食べようと開けた口をそのまま止めて、真平(まひら)を見た。
 その目付きはちょっとだけ不安そうだった。

 2年生になる前の春休み。
 俺は真平と映画を観に出掛けていた。

 何とか真平も進級出来たし――そのためにアホみたいに勉強させたせいで、真平から生気が抜け切っていた。
 だから今日は、その労いも兼ねて、である。

 俺もそんなに勉強得意なわけじゃないから、正直俺1人では真平を何とかさせられなかっただろう。
 そこを助けてくれた祥吾(しょうご)にはまじ頭が下がる。

 ほんとは今日、祥吾も誘ってみたんだけど、「俺のことはいいよ」とやんわり断られてしまった。
 まぁ……デートだと考えれば、祥吾の返答は妥当だろうな。

 真平と俺は付き合っているから。

 で、ここに、真平の冒頭の台詞が掛かって来る。

「……何いきなり」

 取り敢えず一言返してから、ようやくクレープに食い付く。
 今の時期、イチゴうめぇよなー、なんて呑気に考えながら。

 しかし真平は結構気にしているのか、真剣さはそのままで続ける。

「だって恋人同士でさ、俺は咲加って呼んでるのに。何となくいつまでも他人行儀っぽくない?」
「そーかなぁ……」

 俺は気にしていないんだけど。
 そうはっきり伝えると、ウォウ、と真平が奇妙な反応を見せる。

「何故! 他の誰とよりも親密な仲なのに!?」
「あー……うーんそうだねぇ……」

 そう言われてみればそうなんだけど。
 半分に切ったイチゴが入っているのを発見し、わざわざつまんでそれだけ食べる。

 て言うか真平全然食べてないじゃん。

「クリーム溶けるぞ」

 俺のそんな指摘にも、真平は動じず。
 ちょっと何かを考えるように目を瞑っていたかと思うと、真平は俺を見据える。

「……咲加、俺の下の名前……言える?」

 やけに思い詰めた様子で訊いて来た。
 はぁ、さすがに言えるよそれくらい。
 馬鹿にするなよ、とクレープを残り一口分のところで止めて、ちょっと真平の方へ身を乗り出す。

 ……しかし。

「……和弘だっけ、弘和だっけ……?」

 これは流石にやらかしたと思った。
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