高望み

「何でこういう割り振りなんですかねぇ」

 むすっと不貞腐れて、逢坂さんはまたそんなことを呟く。
 てゆーかもう8回目である。
 いい加減諦めて下さい。
 なんて俺は思うんだけど、そんなツッコミを入れようもんなら、逢坂さんの機嫌は一層悪くなるだけ。
 今この状態で、何とか保持しておいた方が俺のためでもある。

 今日は文化祭である。
 生徒会役員には見回りの仕事があり、現在その最中ということだ。

 今年、1年生がひとり入ったので、会長がその新入りくんに仕事を教える意味も兼ねて、そのふたりがセット。
 亜紀にゃん先輩は頼りになるのでひとりで回ってもらっている。
 で、俺がサボることのないように、逢坂さんが見張りも兼ねて、俺とセットなのである。
 しかしその逢坂さんは。

「あー、実に不愉快です。理屈も理由も何もかも理解出来ているから尚更苦痛です」

 ……あんたは本当に正直ですよね。
 俺はもはや何も言えなかった。

 別に、俺、だけがこの人に拒絶されているわけじゃない。
 確かに今この人が拒絶対象としているのは俺なんだけど、それは何も相手が俺じゃなくたって、この人は多分同じことを言う。

 はず。
 だから、傷付くなよ、俺。

「取り敢えずさっさと見回り終わらせましょーよ。そしたら会長と遊べますって」

 不機嫌な逢坂さんを俺なりに宥めてみたんだけど。
 逢坂さんは俺を睨むような目つきになって、しかし俺の方は全く見ずに、ち、と舌打ち。

「こっちが早く終わっても、華倉さんたちが終わらなきゃ無意味です」

 ほんと、ド正論。
 俺の気遣いも虚しく消える。

 ……逢坂さんは難しい。
 会長以外の人には、本当に懐かないよね。
 最近そういう風に思うようになった。
 懐かない、んだ。
 自分が決めた相手以外には。

 そんな風に逢坂さんを見ながら、俺は溜め息を吐く。
 何でかな、俺も。
 手を出せば爪で引っ掻かれることも知りながら、それでも手を伸ばす。
 それは愛着か、それとも。

「こらそこ! その展示物は触らないで下さい!」

 他校生が何やら遊んでいるのを見付けて、逢坂さんが注意する。
 そんな調子で一応、逢坂さんはしっかり仕事を全うしていた。
 ゴミを拾ったり、迷子の手助けしたり。

 この人は多分本当は「変」だけど、だからこそバランスが取れている。
 力の掛けどころと、手の抜きどころ。
 それがはっきりしているから。

「ここも大丈夫っすね」

 施錠すべき部屋にきちんと鍵が掛かっていることも確認。
 こういうオープンな日って不審者とかも多いから、盗難にも気を付けないといけない。
 まぁ、大体分かりやすい不審者は、入口で教師に止められるけど。
 逢坂さんにそう指摘されて、そっすね、と俺は笑った。

 ここは生徒の荷物置き場の教室が並んでいるから、人影はあまりない。
 俺は楽しそうな遠くの笑い声を聞きながら、顔を上げた。
 逢坂さんが何やらスマホを見ている。
 何だろう、と思ったけど、訊く勇気はなかった。
 だって、多分分かる。

「華倉さんたち戻ってきたみたいです」

 スマホをしまって、俺の知りたくない情報をくれる逢坂さん。
 どきりとして、そうすか、とだけ小さく答えた。
 もう終わりか。
 なんて、普通に凹んだ。

 俺はまだ、この時間を続けてもいいんだけど。
 というか、続けたかったんだけど……。
 そう言うわけにもいかないか。
 などと、頭では必死に自分に言い聞かせた。

 でも、だって折角のチャンスなのに。
 逢坂さんとふたりなのに。
 何も考えなくてもいい、折角この人がいてくれるのに。
 って。
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