(よく見てるね)
「あれっ? 珍しい」
校舎内に入ろうとしていた足を止め、亜紀が明るい声でそう呟く。
先を歩いていた隼人がちょっとだけ身体を後ろへ戻しながら、何すかと声を掛けた。
亜紀の指差す方向には、備え付けの自販機がある。
そしてその傍らに2人の男子生徒がいた。
「逢坂くんって会長以外の相手にもあんな風に笑うんだね」
続けて発せられた亜紀のそんな言葉に、隼人は身体を全部亜紀の傍まで移動させて一緒にその様を見た。
距離としては話している内容まではよく聞き取れない。
しかし先程はそれと分かる程度の大きな笑い声がして、それに亜紀が気付いたのだ。
いたのは魅耶と浅海である。
何喋ってるんだろと呟く亜紀の横で、隼人も気になるのか探るような声色で口を開く。
「あの2人、割と仲良いんですよね」
「そうだよね、不思議だよね」
浅海は魅耶の想い人である華倉のことを毛嫌いしている。
一方の魅耶は、浅海の大事な相手だが華倉に片想いしている裕のことを警戒している。
しかし魅耶と浅海、当人同士は気が合うのか、割と一緒にいることが多い。
「逢坂くんの笑顔ってだけでも希少だし、わたしは会長といるときしか見たことないんだけど……榎本くんどうなってるの?」
そもそも自分の想い人にキツく当たる相手とあんな風に仲良く出来ているということ自体が驚きではあった。
それとこれとは話が別なんですかね、と頷きながらも隼人は言う。
「意外と逢坂さんて、浅海さんが会長に悪態ついても怒りませんしね」
「そうなんだよねぇ」
しかしそれは同時に、浅海以外の相手だったらきちんと威嚇するということでもあった。
そのまま2人の観察を続けていると、再度やや大きめの笑い声が上がった。
楽しそうと呟く亜紀の隣では、隼人が少し落ち着きをなくし視線を足元へ逸らしていた。
「羨ましい」
ぽつりと漏れたその本音は、幸い亜紀にも届くことはなかった。
「そろそろ戻りましょうか。その会長が待ってますし」
ぱっと顔を上げ隼人が亜紀を呼ぶようにそう告げる。
そうだね、と亜紀も再度校舎内へ入っていく隼人に続くようにその場を離れる。
「今の、会長知ってるのかな?」